おじぎ草ときみと(短編集)
新しい髪型

【新しい髪型】



 背中がすっぽり隠れるくらいまで伸ばしていた髪をばっさり切った。毎朝爆発してしまう髪をセットするのが、いい加減面倒だったからだ。季節はもう春だし、イメージチェンジのタイミングとしても良い。

 髪が伸びてきた頃はゆるふわパーマをあてたり、編んだり結んだり、まとめたり色々な髪飾りを付けたりしていたけれど、最近はポニーテール一択だった。

 中学生のとき以来のショートカット。頭が軽い。朝起きたとき、腕や肘で髪を踏んで頭が引っ張られない。勢い良く振り返ったときに、結んだ髪の束が顔にぶつからない。帰ってすぐ仰向けに寝転んでも、結んだ髪が邪魔にならない。
 ロングヘアでの生活が長かったせいか、毎日驚くことばかりだ。



 髪を切ってから初出勤の日は、みんなが二度見をして「失恋したの!?」「何か悪いことしたの!?」と大騒ぎ。
 失恋はまだしも、悪いことなんてするわけがない。みんなわたしを何だと思っているんだ。

 同期の逢坂はひどかった。三度見をした挙げ句わたしの肩を掴んでぐわんぐわん振りながら「どこのどいつに何されたんだ! そんなひどい男と付き合ってんのか!? その男に切られたのか!? もしや男に貢ぐため髪を売ったわけじゃないよな!?」

 いや妄想がひどい。どこをどうしたらそんな結論に至るのだ。


「邪魔だったから切っただけだよ」

 逢坂の手を退けながら言うと、やつはほっと胸を撫で下ろしながら「良い男と付き合ってるってことでいいんだな」と。

 いや、だからわたしに恋人がいること前提で進めるのはやめてくれ。恋人なんてもう何年もいないのに。

 恋人になりたいなって思う人はいるけれど……。

 察してくれないかなあ、なんて。ちらりと逢坂に視線を向けるけれど、こいつがそんな高等技術を持っているはずがない。なんたって「男に貢ぐため髪を売った」なんて今どき有り得ないことを普通に言い出すやつだ。



 髪を切って気分を変えたのを機に、こいつに対して少し積極的になってみようかな、と。わたしが動くしかないかな、と。

 ぼんやり思っていたら、逢坂が急に「ロングも好きだったけど、ショートも似合うな、可愛いよ」なんて言い出すから、わたしは後頭部を撫でつけながら、動き出す決心をした。





(了)
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