きらり、きらり、
聞き流し過ぎて母が何の話をしているのかわからなくなった、ちょうどそのタイミングで、ピーンポーン、と玄関チャイムが鳴った。

「あ! 誰か来た! ごめん、切るねー」

嬉々として通話を切り、その妙にホッとしたテンションのまま、軽快にドアを開けた。

「はいはいはーい!」

白いヘルメットに青色ユニフォームを着込んだ救世主は、郵便配達員さんだった。
無意味な笑顔で迎えられた彼は、さらなる朗らかさで、

「こんにちは。書留です。ハンコかサインお願いします」

と、封筒とシールみたいな伝票を差し出す。
書留なんてあまり縁がないので少し不審に思ったけれど、差出人はクレジットカード会社。
更新された新しいカードが送られてきたらしい。
玄関脇の小さな引き出しからシャチハタ印を取り出し、カシャンと押して渡した。

「ありがとうございました」

「はーい。お疲れさまでした」

配達員さんが立ち去るのを待って笑顔のまま動きを止めたけど、目の前に立ったままポケットをごそごそ探っていてなかなか帰らない。
ドアを閉めてしまおうか。
それもなんだか情がない。
もしかして、他に何か手続きが必要なのかな?
ほんの数秒程度の時間を持て余していると、

「あと、これ。忘れ物です」

と、ポケットから240円を取り出して差し出された。

「……………はい?」

「この前、忘れましたよね?」

「………………?」

名前が書かれているわけでもないお金を見つめて固まる私に、配達員さんは吹き出した。

「やっぱり覚えてませんよね」

ヘルメットを取って、ペタッとなった髪をクシャクシャと掻き回す。

「夜桜のときは、ごちそうさまでした」

少しいたずらめいた笑いで、再び240円を差し出す。
その左頬にはえくぼができていた。

「あのとき、自動販売機からお釣り取って行かなかったでしょう?」

「あーーーーーーっ!!!!」

お釣りがどうだったかなんて覚えていないけど、目の前の彼は確かにあのときの男性……のような気がする。
暗い中少し見ただけの顔をはっきり覚えていないものの、話した印象や、背の高さ、何よりそのえくぼに確かに覚えがあった。
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