好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
桔梗さんが入っていった立派なベージュの建物は桔梗さんの自宅マンションだった。
エントランスの脇に植えられた植栽がライトアップされて、マンションの姿を綺麗に浮かび上がらせる。ロードヒーティングがしっかりされたエントランスに続く歩道を歩く。
「桔梗さん!」
声をかけた私をちらと感情が読み取れない焦げ茶色の瞳で一瞬だけ見る。足をとめずに、絡めた指もほどかず、桔梗さんはエントランスをくぐり、オートロックを解除してマンション内に入っていく。
桔梗さんのマンションの外観は何度も見たことはあったけれど、中に入るのは初めてだ。高い天井に、革張りの応接セットが何組か置かれた広々としたロビー。計算された場所に配置された大きな観葉植物。広い通路にお洒落な間接照明。思わず見惚れてしまう私をよそに、桔梗さんはエレベーターホールまで直進する。
「あ、あの桔梗さん」
無駄とは思いながらも、もう一度桔梗さんに声をかける。
「乗って」
いつの間にか到着していたエレベーターに誘導される。
強張った表情も声の硬質さは変わらない。緩やかに上昇していくエレベーターの中でも桔梗さんは無言だ。目に見えない重たい空気が私たちを取り巻いている。普段饒舌に話してくれる桔梗さんのこんな姿は初めてでどうしてよいかわからなくなる。俯く私を見下ろしていることが雰囲気でわかる。でもきっとその目には甘さの欠片もない。
どうして桔梗さんが不機嫌になるのかわからない。私が何をしたというのだろう。
涙が滲みそうになり、唇を嚙み締めた。こんなことでこんな場所で泣くわけにはいかない。そんなみっともない姿を晒せない。
エントランスの脇に植えられた植栽がライトアップされて、マンションの姿を綺麗に浮かび上がらせる。ロードヒーティングがしっかりされたエントランスに続く歩道を歩く。
「桔梗さん!」
声をかけた私をちらと感情が読み取れない焦げ茶色の瞳で一瞬だけ見る。足をとめずに、絡めた指もほどかず、桔梗さんはエントランスをくぐり、オートロックを解除してマンション内に入っていく。
桔梗さんのマンションの外観は何度も見たことはあったけれど、中に入るのは初めてだ。高い天井に、革張りの応接セットが何組か置かれた広々としたロビー。計算された場所に配置された大きな観葉植物。広い通路にお洒落な間接照明。思わず見惚れてしまう私をよそに、桔梗さんはエレベーターホールまで直進する。
「あ、あの桔梗さん」
無駄とは思いながらも、もう一度桔梗さんに声をかける。
「乗って」
いつの間にか到着していたエレベーターに誘導される。
強張った表情も声の硬質さは変わらない。緩やかに上昇していくエレベーターの中でも桔梗さんは無言だ。目に見えない重たい空気が私たちを取り巻いている。普段饒舌に話してくれる桔梗さんのこんな姿は初めてでどうしてよいかわからなくなる。俯く私を見下ろしていることが雰囲気でわかる。でもきっとその目には甘さの欠片もない。
どうして桔梗さんが不機嫌になるのかわからない。私が何をしたというのだろう。
涙が滲みそうになり、唇を嚙み締めた。こんなことでこんな場所で泣くわけにはいかない。そんなみっともない姿を晒せない。