好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
八階で停まったエレベーターの扉がスムーズに開く。
「降りて」
無情に響く低い声。
ふたりっきりの密室から解放されたと思ったのも束の間、オレンジ色の柔らかい照明に照らされた室内廊下を少し歩く。八〇三号室と表示された部屋の前で桔梗さんが足をとめ、玄関ドアを開ける。
「入って」
有無を言わせない小さな怒気を孕んだ声。こんな声の桔梗さんは知らない。
踏みとどまりたい気持ちを押し殺して、室内に足を踏み入れる。
桔梗さんの部屋ということを改めて実感する。
無機質な音をたてて、ガチャン、と閉じたドア。スリッパを出されて、私は小さくお礼を言う。
桔梗さんは白いフローリングの廊下を進み、リビングに入っていく。廊下の途中にはドアが閉められた部屋が二つ。室内に照明が灯される。おずおずついていく私は、どことなく落ち着かない。男性の部屋に入ったのなんて何年ぶりかわからない。こんな時、どうするのが正解なのかわからない。
桔梗さんの部屋は男性の独り暮らしにしてはとても片付いていて、無駄なものがない。
桔梗さんはこの部屋に女性を招いたことはあるんだろうか。誰よりもモテる人だからきっとあるんだろう、そんな風に考えてしまって胸がツキリ、と痛んだ。
思わず目を伏せてしまった私に、コートを脱ぎ、荷物を食卓テーブルに置いた桔梗さんが目敏く声をかけた。
「降りて」
無情に響く低い声。
ふたりっきりの密室から解放されたと思ったのも束の間、オレンジ色の柔らかい照明に照らされた室内廊下を少し歩く。八〇三号室と表示された部屋の前で桔梗さんが足をとめ、玄関ドアを開ける。
「入って」
有無を言わせない小さな怒気を孕んだ声。こんな声の桔梗さんは知らない。
踏みとどまりたい気持ちを押し殺して、室内に足を踏み入れる。
桔梗さんの部屋ということを改めて実感する。
無機質な音をたてて、ガチャン、と閉じたドア。スリッパを出されて、私は小さくお礼を言う。
桔梗さんは白いフローリングの廊下を進み、リビングに入っていく。廊下の途中にはドアが閉められた部屋が二つ。室内に照明が灯される。おずおずついていく私は、どことなく落ち着かない。男性の部屋に入ったのなんて何年ぶりかわからない。こんな時、どうするのが正解なのかわからない。
桔梗さんの部屋は男性の独り暮らしにしてはとても片付いていて、無駄なものがない。
桔梗さんはこの部屋に女性を招いたことはあるんだろうか。誰よりもモテる人だからきっとあるんだろう、そんな風に考えてしまって胸がツキリ、と痛んだ。
思わず目を伏せてしまった私に、コートを脱ぎ、荷物を食卓テーブルに置いた桔梗さんが目敏く声をかけた。