好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
「莉歩を悲しませて苦しませてごめん。誤解なんだ。確かに俺は告白してくれた女の子に彼女をつくる気はないって言って断った。でもそれは、莉歩以外って意味」
ほんの少しばつが悪そうな表情で桔梗さんが話す。
「え?」
驚いて桔梗さんを見上げる。
「俺が莉歩をいつから好きか知ってる?」
とびきり優しい焦げ茶色の瞳が私を捕らえる。小さく首を振る私の耳元に桔梗さんがそっと囁いた。
「一番最初に下の名前で呼ぶのを拒否された日」
無邪気な少年のように桔梗さんが笑う。
「ええっ!」
驚く私を可笑しそうに見つめて桔梗さんは言う。
「だから莉歩以外の彼女はいらないって意味なんだよ。その告白してくれた女の子に莉歩の存在を知られたくなかったからわざわざ説明はしなかったけど。その子、札幌支店の入っているビルの受付業務が仕事なんだ。札幌支店の預金係に友人もいるらしくてさ」
「そ、そうなんですか?」
知らなかった、世間って狭い……。
思わず声が上ずった私に桔梗さんが困ったように言う。
「バレンタインデーの日は、莉歩が俺を好きでいてくれる自信なんてなかったから。下手に彼女がいるって言って、その子が莉歩を探し始めたら厄介だと思って、いないって言っただけ」
「う、嘘……」
驚いて瞬きを繰り返す私。
「本当」
そう言って桔梗さんは私のこめかみに優しくキスをした。
「俺は莉歩にずっと片想いしてた。去年、クリスマスに莉歩がお見合い会に行くって聞いて、いてもたってもいられなかった。莉歩の気持ちが俺に向いてないって、莉歩は俺に恋愛感情を持ってないってわかってた。だけどほかの奴に莉歩をとられるのだけは絶対に許せなくて。だから、言ったんだ。恋愛スイッチを入れるから覚悟しろって」
桔梗さんの言葉が胸にゆっくり沁みこむ。真摯な焦げ茶色の瞳が真っ直ぐに私を見据える。
「莉歩が俺に早く堕ちてくればいいってずっと願ってた。俺だけを見て、俺を好きになってほしいって思ってた。だから言っただろ? 俺を好きになったら教えてって。間違ってもお前を手離すことなんて考えたことはない」
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