好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
『莉歩ちゃんはすっかり桔梗さんのお世話係になってるわね、むしろ秘書?』
検印済みの指示書を回収して、綴りものを整理しながら金子さんが言う。

ゴールデンウィークも明けた五月後半。気温も心地よく、こんな日は仕事ではなく惰眠を貪りたくなる。
『やめてください。もう毎日毎日、桔梗さんの捜索ばかりで嫌になります』
眉間に皺を寄せて言う。
『あらそう? 莉歩ちゃん、楽しそうよ?』
金子さんがニコッと微笑む。
『まさか!』
金子さんの言葉に目を剥く。金子さんはクスクス笑いながら続ける。
『預金係も営業担当者も桔梗さんが不在の時は莉歩ちゃんに聞いたら居場所がわかるって認識らしいわよ』
いたずらっぽく言う金子さん。
『何ですか、それ』
目眩がしそうだ。
『事実よ。桔梗さんが仰ったんですって。自分の居場所は莉歩ちゃんに聞けって』
……あの不良上司!
ギリッと奥歯を嚙む。そもそも今だって検印が溜まってきているのにまた行方不明。本気で片付けたらすぐに終わらせることができるくせに、滅多に本気にならない。
あと三十分したら私が来客予定だってこと忘れてるんじゃないの?
最悪瀬尾さんに頼むしかない、そう思っていた矢先、瀬尾さんがこちらにやって来た。
『藤井、桔梗は?』
私が首を横に振ると瀬尾さんが美麗な顔をしかめた。
『俺、今から外出だけど、大丈夫?』
『えっ! 私、もう少ししたら来客が……』
瀬尾さんに今、外出されてしまったら困る!!
『藤井の? ほかの係の?』
『私の、です』
何でそんなことを瀬尾さんは確認するの?
『ああ、だったら大丈夫。すぐ戻る、アイツ。藤井が一番優先だから』
妖艶ともとれる含み笑いをもらして、上着を羽織り、颯爽と瀬尾さんはフロアをあとにした。
『えっ、ちょっと瀬尾さん!』
私が慌てて瀬尾さんを追いかけようと立ち上がった時、ガタン、と運悪く椅子に足が絡まった。転ぶ、そう思った瞬間、ポスンと身体が誰かに受け止められた。

『大丈夫か、藤井』
私は抱きしめられるように桔梗さんに支えられていた。
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