好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
きっぱりと言い切る桔梗さんの目に迷いはない。
「そんな……じゃあ、私ずっと誤解してた……?」
そっと両手を桔梗さんの胸に置く。桔梗さんは困ったように頷く。
「私、桔梗さんを好きでいていいの……? 別れなくていいの? 一緒にいられるの?」
ほろほろと涙が頰を伝う。小さく吐き出した言葉に桔梗さんが瞠目して、私をギュッと抱きしめた。
「辛い想いをさせてごめん、バレンタインデーに俺がチョコを莉歩以外の女の子から貰わなかったら良かったな」
切実な桔梗さんの思いが抱きしめられた腕から伝わって、涙が止まらなくなる。
「ううん、違うの。私が、もっと恐がらずに桔梗さんにぶつかれば良かった。素直になれば良かったの。桔梗さんに辛い思いをさせてごめんなさい。私を諦めずにいてくれてありがとう」
泣き笑いのように言う。
ひとりで思い込んで空回ってしまっていた私を桔梗さんはずっと見放さずにいてくれた。そのおかげで私は今ここにいれる。
「俺を好きになってくれてありがとう」
眩しいほどの笑顔と泣きたくなるくらいの優しい声で桔梗さんが言った。いつもは鋭い切れ長の目が甘くて、胸がドキドキして落ち着かない。
桔梗さんの温かい胸の中が好き。
桔梗さんの低い声が好き。
桔梗さんの綺麗な手が好き。
桔梗さんが、全部好き。
やっと外に解放した気持ちは際限がなく、桔梗さんをどれだけ好きか思い知らされる。
いつの間に私はこの人をこんなに好きになったのだろう。ただの迷惑な軽い上司だったのに、いつの間にかこの人がこんなにも愛しい。
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