好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)

覚悟はできません

「莉歩」
私の姿をみとめて、桔梗さんがソファから立ち上がる。昨日から随分優しくなった焦げ茶色の瞳がふわ、と細められる。
「桔梗さんっ、すみません! 待たせてしまって……!」
バタバタと着替えを終えて、私のマンションのロビーで待ってくれている桔梗さんに駆け寄る。急ぎすぎて、マーメイドラインのスカートから出た足がもつれて絡まりそうになる。
「急がなくてもまだ間に合うって」
転ばないように私を抱きとめてくれた桔梗さんが苦笑する。
「で、でもっ、ぎりぎりですよ。桔梗さん、朝から外出の予定が入ってましたよね?」
焦る私の身体をヒョイと桔梗さんが持ち上げる。
「き、桔梗さんっ!?」
羞恥にもがく私をものともせず、私と目線を合わせて桔梗さんが妖艶に微笑む。
「莉歩、俺の名前は?」
「な、尚樹、さん……」
顔中に熱が集まってボボッと赤く染まる。
「よくできました」
ストン、と尚樹さんが私を下に降ろす。
「そのスーツ初めて見た」
尚樹さんが私の服をジッと見つめる。
ジャージ素材の柔らかなグレージュのスーツ。上着は短めの丈で、膝上丈のマーメイドラインスカートを綺麗に見せるデザインだ。ちなみに尚樹さんは黒地に細いブルーとグレーのストライプのラインがお洒落に入ったスーツだ。ネクタイは私が以前にプレゼントしたものを結んでくれている。
「この間、菜々と買いに行ったので……。変ですか?」
おずおずと尋ねる。
「和田さんと? そっか、よく似合ってるけど……」
尚樹さんはなぜか面白くなさそうな表情をする。
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