好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
「本当は私が言ってはいけないことだし、確証がきちんとあることではないのだけど、あなたも知っている通り、プロジェクトは今、軌道にのっているわ。マニュアルもほぼ完成しつつある。私ひとりが専任としてやっていくことも無謀な話ではなくなってきている」
峰岸さんの完璧にマスカラが塗られた長い睫毛を無心で見つめる。心が一気に冷えていくのがわかる。
「元々桔梗くんは、瀬尾くんの補佐的な役割と本部とのパイプ的な役割で赴任してきていたから。私が経験不足の新人課長だったせいもあって、札幌支店に残ってくれたようなものなの。本当は瀬尾くんが転勤してすぐ転勤になる予定だったから」
ヒュッと喉が鳴る。
手の中にある、温かいはずのミルクティーを持つ手が微かに震える。チャポン、と軽やかな液体の音が立つ。
「あなたを動揺させたくて話しているわけじゃないのよ」
困ったように峰岸さんが言う。
「……すみません。わかってます」
「謝らないでちょうだい」と声音を少し和らげて峰岸さんが缶コーヒーを口に付けた。
「桔梗くんの次の異動先は恐らく東京本部になるわ。私の元上司が彼をとても欲しがっているから。その後も桔梗くんは恐らく都内の支店勤務になるでしょうね」
「それって、つまり……」
ドクン、と鼓動がひとつ大きな音をたてた。嫌な予感しかしない。
「あなたとはずっと遠距離恋愛になるってことよ」
峰岸さんの言葉が非情な最後通牒のように聞こえた。
足元がぐらりと揺れた。いつかそんな日がくる。それはわかっていた。桔梗さんが赴任してきた時から知っていた。それを改めて言われると、その現実を痛感する。
私は転勤がない事務職で、いわゆる現地採用。かくして桔梗さんの職場は全国の支店が対象だ。
そんな桔梗さんと私がこの支店で出会えたこと自体がそもそも奇跡的な確率だった。
峰岸さんが困ったように私を見た。
峰岸さんの完璧にマスカラが塗られた長い睫毛を無心で見つめる。心が一気に冷えていくのがわかる。
「元々桔梗くんは、瀬尾くんの補佐的な役割と本部とのパイプ的な役割で赴任してきていたから。私が経験不足の新人課長だったせいもあって、札幌支店に残ってくれたようなものなの。本当は瀬尾くんが転勤してすぐ転勤になる予定だったから」
ヒュッと喉が鳴る。
手の中にある、温かいはずのミルクティーを持つ手が微かに震える。チャポン、と軽やかな液体の音が立つ。
「あなたを動揺させたくて話しているわけじゃないのよ」
困ったように峰岸さんが言う。
「……すみません。わかってます」
「謝らないでちょうだい」と声音を少し和らげて峰岸さんが缶コーヒーを口に付けた。
「桔梗くんの次の異動先は恐らく東京本部になるわ。私の元上司が彼をとても欲しがっているから。その後も桔梗くんは恐らく都内の支店勤務になるでしょうね」
「それって、つまり……」
ドクン、と鼓動がひとつ大きな音をたてた。嫌な予感しかしない。
「あなたとはずっと遠距離恋愛になるってことよ」
峰岸さんの言葉が非情な最後通牒のように聞こえた。
足元がぐらりと揺れた。いつかそんな日がくる。それはわかっていた。桔梗さんが赴任してきた時から知っていた。それを改めて言われると、その現実を痛感する。
私は転勤がない事務職で、いわゆる現地採用。かくして桔梗さんの職場は全国の支店が対象だ。
そんな桔梗さんと私がこの支店で出会えたこと自体がそもそも奇跡的な確率だった。
峰岸さんが困ったように私を見た。