好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
無機質な呼び出し音の後、すぐに聞こえた声。
『莉歩!? どうした? 何かあったのか?』
焦ったような声に私が驚く。ガタガタッと電話の向こうで何かがぶつかって落ちる音が聞こえる。
「あ、いえ。あの、ごめんなさい、忙しかった?」
大きな音に慌てて返事をする。
『そんなことより何かあったのか!?』
尚樹さんの大声が耳に響く。
「え? ううん、何でもないよ」
急いで否定する。私が電話をかけてきたことにどうやら尚樹さんは驚いているらしい。
『焦った……莉歩が電話してくるから何かあったのかと……』
そんなに私は彼に電話をかけていないだろうか。
「あ、あの。尚樹さん、聞きたいことがあるんだけど……」
スマートフォンを握り直して小さく身じろぎする。
『何? 改まってどうした?』
いつもの声音に戻って話す尚樹さん。
ふうと小さく息を吐く。震えそうになるスマートフォンを持っていない手をギュッと握りしめる。指の冷たい感触が手のひらに伝わる。
「尚樹さん、転勤はまだ、ない?」
できるだけさりげなさを装って尋ねる。
もっとほかに上手な言い回しがあったかもしれない。だけど駆け引きができない私はそのまま、直球を投げた。尚樹さんからの返事を待つ時間がとても長く感じられる。
『……何、急に?』
感情の読みとれない声にズキン、と胸が軋む音がした。尚樹さんの声音は変わらない。
だけど、この返事は違う。
尚樹さんが直接的な回答を避けたことを直感でわかってしまう。
それは悲しい習慣。
近くで、近すぎる場所で上司の仕事を見てきた部下としての悲しい習慣。
直接的に返事ができない時は、失礼にならないように、不自然にならないように、彼は上手に言葉を紡ぎ出す。相手に不快感を与えないために。その然り気無さは舌を巻くほどで、本心だと思ってしまうのだ。
事実、桔梗尚樹という上司を知ったばかりの私がそうだった。
けれど私は知っている。桔梗尚樹という上司を、彼氏をずっと見てきたから、その些細な違いをわかってしまう。
『莉歩!? どうした? 何かあったのか?』
焦ったような声に私が驚く。ガタガタッと電話の向こうで何かがぶつかって落ちる音が聞こえる。
「あ、いえ。あの、ごめんなさい、忙しかった?」
大きな音に慌てて返事をする。
『そんなことより何かあったのか!?』
尚樹さんの大声が耳に響く。
「え? ううん、何でもないよ」
急いで否定する。私が電話をかけてきたことにどうやら尚樹さんは驚いているらしい。
『焦った……莉歩が電話してくるから何かあったのかと……』
そんなに私は彼に電話をかけていないだろうか。
「あ、あの。尚樹さん、聞きたいことがあるんだけど……」
スマートフォンを握り直して小さく身じろぎする。
『何? 改まってどうした?』
いつもの声音に戻って話す尚樹さん。
ふうと小さく息を吐く。震えそうになるスマートフォンを持っていない手をギュッと握りしめる。指の冷たい感触が手のひらに伝わる。
「尚樹さん、転勤はまだ、ない?」
できるだけさりげなさを装って尋ねる。
もっとほかに上手な言い回しがあったかもしれない。だけど駆け引きができない私はそのまま、直球を投げた。尚樹さんからの返事を待つ時間がとても長く感じられる。
『……何、急に?』
感情の読みとれない声にズキン、と胸が軋む音がした。尚樹さんの声音は変わらない。
だけど、この返事は違う。
尚樹さんが直接的な回答を避けたことを直感でわかってしまう。
それは悲しい習慣。
近くで、近すぎる場所で上司の仕事を見てきた部下としての悲しい習慣。
直接的に返事ができない時は、失礼にならないように、不自然にならないように、彼は上手に言葉を紡ぎ出す。相手に不快感を与えないために。その然り気無さは舌を巻くほどで、本心だと思ってしまうのだ。
事実、桔梗尚樹という上司を知ったばかりの私がそうだった。
けれど私は知っている。桔梗尚樹という上司を、彼氏をずっと見てきたから、その些細な違いをわかってしまう。