好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
面談対策を峰岸さんと行ってから一週間後の夕方。
「峰岸、久しぶり」
耳に心地よい低音が二階の営業フロアに響く。
大きな声ではないのに圧倒的な存在を示す。
引き締まった長身に焦げ茶色の緩くパーマがかかった長めの髪。彫りの深い、ハッキリした二重の目に高い鼻梁。縁なし眼鏡に薄い唇。落ち着いた雰囲気から桔梗さんや峰岸さんよりやや年上に見える。稀に見る綺麗な顔立ちの男性だ。
その証拠に営業フロアに足を一歩踏み入れた途端、女子社員からの注目を一手に集めている。
彼に名前を呼ばれた峰岸さんは驚愕の表情を浮かべて固まっている。
「峰岸さん?」
そっと声をかけると、峰岸さんの眉がキッとつり上がる。心なしか峰岸さんの頰が赤い。
「……久住営業統括部長? なぜあなたがここにいらっしゃるのでしょうか?」
フロア全体の温度が一気に下がるような冷たい声。
営業統括部長? この人が?
「え、営業統括部長!?」
ざわっとフロアが驚きの声に包まれる。
それもそのはずだ。東京本部のなかでも精鋭揃いで有名な法人戦略部や法人営業推進部といった部署をまとめているのが営業統括部で、彼はそのトップということになる。このポジションは余程有能で仕事ができる人でないと着任できず、激務でもある。しかも各支店の支店長よりも高い地位にある。
そんな私のような一般事務職員からしたら雲の上のような人が眼前にいるのだ。緊張しないわけがない。
「え? 峰岸の依頼でしょ」
ニッコリとそれはもう綺麗な笑みを浮かべる久住部長。彼が纏う雰囲気と峰岸さんを見つめる目はとても優しい。
「私がお願いしたのは本庄部長ですが。二日前に最終確認も致しましたが」
怜悧な目を向ける峰岸さんをもろともせず、久住部長はのんびりと返事をする。
「本庄くんは急用ができたから代わりに来たんだよ」
「……急用ですか」
峰岸さんが深い溜め息をついて、イラ立ちを露にした。
こんなにも余裕のない峰岸さんを見るのは初めてだ。
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