好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
「久住さん!」
外出先から戻ってきた支店長が慌てて久住部長に駆け寄り、河田さんと応接室に向かう。
「峰岸、また後で」
魅力的な笑顔を浮かべて久住部長は営業フロアを出る前に峰岸さんに声をかける。フロアに普段通りの空気が戻る。
「びっくりした! 俺、久住部長を初めて見たよ。すごい威圧感」
「すごい美形! 瀬尾さんと桔梗さんとは違う大人の色気っていうの?」
「峰岸さんとお知り合いかしら?」
皆が思い思いに感想を口にして興奮はなかなか冷めない。

「藤井さん、ちょっと一緒に来てちょうだい」
久住さんが支店長と河田さんと応接室に向かって三十分程経過してから峰岸さんに呼ばれた。峰岸さんは書類を手にいつかの小さな応接室に入る。私は峰岸さんから試験と面談についてスケジュール等一通りの説明を受けた。
「何か質問はある?」
「久住部長とはお知り合いなんですか?」
恐る恐る尋ねる。私の質問に峰岸さんが盛大に顔をしかめた。
「……ええ、昔の上司なの」
歯切れ悪く峰岸さんが答える。
「そう、ですか」
気づまりな沈黙。峰岸さんはふう、と息を吐いてイラ立たし気に髪をかき上げた。
「何であの人が来るのかしら。あの何か企んでそうな目が本当に嫌」
落ち着かなさ気に峰岸さんが呟く。
「ええと、峰岸さん?」
まるで少女のように耳を赤くする峰岸さんに面食らいながら尋ねる。
「苦手なの、あの人。仕事はすごく出来るのだけど、いつも振り回されるし、本心が読めないし! 無駄にモテるから面倒だし!」
峰岸さんは珍しく興奮した口調で話す。
「あの峰岸さん、もしかして久住部長のこと……」
ふと思ったことを口にした。峰岸さんが目を見開く。
< 139 / 163 >

この作品をシェア

pagetop