好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
「おはよう、莉歩ちゃん、昨日の課題できた?」
「佳子ちゃん、おはよう。うん、一応だけど……自信は全然ない」
ここは都内にある三階建の研修センター。この一室で職種変更の研修が行なわれている。
「だよね、すごく難しかったよね」
カタン、と椅子をひきながら品川駅前支店の仙川佳子ちゃんが言う。この研修で隣の席になり、同期だったということもあり、仲良くなった。この研修には全国から約二十名近くが参加している。

研修三日目の今日も、朝から夕方までひたすら講義を受け、作業をしつつ、課題をこなしている。
長い時間を共に過ごすのでお互いの顔もわかり、話す人も増えてきた。講義は思ったよりも面白く、勉強になることが多い。グループワークや個々の課題は手こずることも多いが、やりがいがある。
今日も始まってしまえばあっという間に時間が過ぎていった。都内に実家があり、帰宅する佳子ちゃんに手を振り、自室に引き上げる。ここには三階に宿泊施設があり、私のような遠方からの受講者は皆、ここに宿泊している。
荷物を机に置いて、いつも通りに札幌支店に電話をした。規則として、毎日の研修終了後、上司にその報告をしなければいけないからだ。公然と尚樹さんの声が聞けるので、私にはとても嬉しい時間。
「御電話ありがとうございます。札幌支店、冨田と申します」
一階の預金係の冨田さんが出た。尚樹さんの直通電話にかけたはずなので、不在なのかと思った。
「お疲れ様です、冨田さん。藤井ですが、桔梗さんはいらっしゃいますか?」
ほんの少しかしこまった声で尋ねる私。
「藤井さん! 研修お疲れ様です。今、皆さん殆ど離席されてるんですよ。桔梗さんに伝票を持ってきたら電話が鳴ったので……終了報告ですよね? あ、峰岸さんがいらっしゃるかも、ちょっと待ってください!」
保留に切り替わって、再び通話が繋がる音がした。
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