好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
翌日の研修最終日。
研修終了後、直接羽田空港に向かうため、トランクを持参して研修会場に向かう。
昨夜は眠れなかった。ズキズキ痛いのは頭なのか胸なのかわからない。
尚樹さんからの連絡はない。当たり前だ、怒らせたのだから。だけどどこかで待ってしまう私がいて、自分からは電話をする勇気のない自分にほとほと呆れて嫌気がさす。
涙が止まらず目が腫れてしまった。コンタクトが入らず、眼鏡をかけた。少し前のバレンタインデーを思い出す。心配してくれる佳子ちゃんに「花粉かな」と無理矢理な言い訳をして誤魔化した。
昼休み、佳子ちゃんに課題が終わったら食堂に向かうと言われてのろのろと先に向かった。
全く食欲はわかない。温かいカフェオレを買ってざわめく食堂内の端の席に座った。
研修センターの二階フロアのほぼ半分が食堂スペースとなっている。大きな窓ガラスからさんさんと初夏の明るい日差しが差し込む。すぐ傍には小さなパン販売コーナーもある。変更研修以外の研修も行われているため、食堂内は空席を見つけることが困難なくらいに混雑していた。
「ここ、いい?」
「あ、はい、どうぞ」
向かい側から優しい男性の声が聞こえて、反射的に顔を上げた。
「食事、摂らないの? 桔梗と喧嘩でもした?」
私の眼鏡を指差してクスッと端正な顔で笑う。
「……久住部長……?」
「久し振りだね」
麗しい笑顔に、頭が一気に覚醒する。
「あ、あのっ、こ、こんにちは!」
思わず立ち上がって挨拶しようとすると、久住部長に制された。カタン、と海老フライ定食が載ったトレイを机に置いて、久住部長が座る。
いつも東京本部や大型店舗にいる久住部長が研修センターにいることは珍しい。周囲の人がチラチラと部長に視線を投げる。その役職だけではなく、魅力的な外見をもつ部長は常に注目の的だ。そんな視線をもろともせず、部長は優雅に私に話しかける。
「研修、どう?」
札幌支店で何度も見かけた、柔らかな笑顔を向けられる。
「は、はい。とても勉強になります!」
緊張しながら私は返答する。
「そう、よかった。桔梗と何で喧嘩したの? 研修を黙ってたから?」
あっさり理由を見抜かれて瞠目する私に、微笑んで部長は続けた。
「まあ、好きな人に隠し事をされると嫌なものだからね」
何かを思い出すように縁なし眼鏡に触れて、困った表情をする久住部長。
「あの……」
前回にお会いした時とは違う雰囲気の部長に戸惑いながら、口を開く。
「本気で好きな人には独占欲も嫉妬心も強くなるものだよ、男は特に」
淡々と話しながら、部長は海老フライを食べる。優雅な所作は変わらない。
研修終了後、直接羽田空港に向かうため、トランクを持参して研修会場に向かう。
昨夜は眠れなかった。ズキズキ痛いのは頭なのか胸なのかわからない。
尚樹さんからの連絡はない。当たり前だ、怒らせたのだから。だけどどこかで待ってしまう私がいて、自分からは電話をする勇気のない自分にほとほと呆れて嫌気がさす。
涙が止まらず目が腫れてしまった。コンタクトが入らず、眼鏡をかけた。少し前のバレンタインデーを思い出す。心配してくれる佳子ちゃんに「花粉かな」と無理矢理な言い訳をして誤魔化した。
昼休み、佳子ちゃんに課題が終わったら食堂に向かうと言われてのろのろと先に向かった。
全く食欲はわかない。温かいカフェオレを買ってざわめく食堂内の端の席に座った。
研修センターの二階フロアのほぼ半分が食堂スペースとなっている。大きな窓ガラスからさんさんと初夏の明るい日差しが差し込む。すぐ傍には小さなパン販売コーナーもある。変更研修以外の研修も行われているため、食堂内は空席を見つけることが困難なくらいに混雑していた。
「ここ、いい?」
「あ、はい、どうぞ」
向かい側から優しい男性の声が聞こえて、反射的に顔を上げた。
「食事、摂らないの? 桔梗と喧嘩でもした?」
私の眼鏡を指差してクスッと端正な顔で笑う。
「……久住部長……?」
「久し振りだね」
麗しい笑顔に、頭が一気に覚醒する。
「あ、あのっ、こ、こんにちは!」
思わず立ち上がって挨拶しようとすると、久住部長に制された。カタン、と海老フライ定食が載ったトレイを机に置いて、久住部長が座る。
いつも東京本部や大型店舗にいる久住部長が研修センターにいることは珍しい。周囲の人がチラチラと部長に視線を投げる。その役職だけではなく、魅力的な外見をもつ部長は常に注目の的だ。そんな視線をもろともせず、部長は優雅に私に話しかける。
「研修、どう?」
札幌支店で何度も見かけた、柔らかな笑顔を向けられる。
「は、はい。とても勉強になります!」
緊張しながら私は返答する。
「そう、よかった。桔梗と何で喧嘩したの? 研修を黙ってたから?」
あっさり理由を見抜かれて瞠目する私に、微笑んで部長は続けた。
「まあ、好きな人に隠し事をされると嫌なものだからね」
何かを思い出すように縁なし眼鏡に触れて、困った表情をする久住部長。
「あの……」
前回にお会いした時とは違う雰囲気の部長に戸惑いながら、口を開く。
「本気で好きな人には独占欲も嫉妬心も強くなるものだよ、男は特に」
淡々と話しながら、部長は海老フライを食べる。優雅な所作は変わらない。