好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
「藤井さんは桔梗を追いかけたかったんでしょ? 仕事だけじゃなくて」
言外に含まれている意味を理解する。
「正直に相手に思っていることを伝えることは、難しいし恐いだろうけれど、言葉にしなきゃ伝わらないからね。泣いて後悔して悲しむのはいつでもできる。欲しいものを自分で手を伸ばして守るために、藤井さんはここにいるんじゃないの?」
どこか皮肉で、きついような言葉なのに、部長の目と声音はとても優しい。言われた言葉が胸に沁みこんで、頭が理解した。
私がここに来た意味、それは尚樹さんと未来を歩きたかったから。これから先も一緒にいたかったからだ。
目が覚めたような気持ちになり、瞬きを繰り返す。
「久住部長、ありがとうございます。私、大事なことを忘れてました」
真っ直ぐ部長を見つめると、部長は満足そうに綺麗な目を細めた。
「同じ不器用でも藤井さんくらい素直だと俺も困らないんだけどね」
呆れたように小さく嘆息する久住部長。
「え? あ、あの、部長、どうして私が桔梗さんと喧嘩したことを……」
話の流れがよくわからず、おずおずと口を挟む私。
「ん? 可愛い部下に頼まれたからね。お陰で貸しができたから、こっちとしても良かったんだけど」
口角を上げて凄艶に微笑む久住部長。何かを企んでいるかのように見えるのは気のせい?
「藤井さんは今でも総合職に変わりたい? これから先、大切な人と同じようなすれ違いはたくさん出てくるよ。仕事のせいで後悔することもあるだろうし、故郷になかなか戻れなくなる。事務職とは勝手が違うし、戸惑いも大きいだろう。きつい業務だってある。それでも仕事を続ける自信はある?」
さっきとはうってかわって探るような鋭い眼差しを向ける久住部長に、威圧感を感じながらも躊躇わずに頷く。
「総合職を目指したきっかけは桔梗さんでしたが、研修や試験を受けた今はそれだけではないです。私、仕事が好きです。大変だとは思いますが、チャレンジしたいです」
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