好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
「俺の方こそごめん。お前に辛い思いをさせて追い詰めた。本当は俺から謝らなきゃいけなかったのに」
いきなり案内所で告白して泣き出した私の手を引いて、尚樹さんはこのコーヒーショップに入った。私が泣き止むまで、ただじっとテーブルの上で手を繋いでいてくれた。
「搭乗ぎりぎりまで一緒にいよう」と優しく言って、私たちはこれまでの話をした。
考えていたこと、思っていたこと、不安だったこと、勿論私の総合職への変更のことも尚樹さんの異動のこともあらゆることを話した。尚樹さんは「ずっと私が無理をして笑っていること、本音を見せないことが苦しかった」と言った。それが自分のせいだとわかっていながらどうしようもできない自分の無力さが情けなかったと、悲しそうに微笑んだ。
「俺では莉歩を幸せにできないかもしれないって悩んだ。でも俺は莉歩と一緒じゃなきゃ幸せになれないし、一緒に幸せになりたかったから本音を見せてほしかった」
「私、嫌われたって、置いていかれるって思ってたから……」
くしゃっと尚樹さんが私の髪を優しく撫でた。
「だからそれはこれから先、絶対にないから。莉歩は色々考えすぎ、溜め込みすぎ。俺が忙しいせいでて負担をかけないようにって考えてくれる莉歩の優しさと思いやりは有り難いけど、それで莉歩がひとりで泣いていたら意味がないから」
切れ長の目がひた、と私を見据える。そのまま私の伸びた髪を弄ぶ尚樹さんの長い指が、頰に微かに触れる。
「莉歩を全部俺に見せて、俺にぶつけて。絶対にお前を嫌いにならないから、俺に莉歩を受け止めさせて」
トクン、トクン、トクンと心臓が優しいリズムを刻む。泣きたいくらいに甘い目と優しい言葉に声がでない。
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