好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
『……藤井さんってお母さんみたいじゃない?』
小さな声、なのに。ドクン、と私の心臓が反応した。
『あー、わかる。何て言うの? 痒いところに手が届く?』
『女子っちゃあ女子だけど。気遣い上手を通り越して世話焼き、よね』
『まあねえ。だから桔梗さんも安心して居場所を言っていくのかしらね。ほら、小さな子どもが親に行き先伝えていくみたいな?』

悪意はないのだろう。多分彼女たちは無意識に思ったことを口にしただけ。
だけと私への攻撃力と破壊力は抜群だった。ビク、と回収したトナーを持つ手が強張る。

ああ、また。言われてしまった。わかってる、そんなこと。私だってやりたくてやってるわけじゃない。だけど目につくの、そういう性分なの。誰かがやらなきゃいけないことでしょ。
別に不特定多数の誰かの気を惹きたくてやってるわけじゃない。そうハッキリと言えたら、楽になるのだろうか。
けれどそれは私にはできないこと。肝心なところで肝心な一言が言えない。いつもそう。
笑って聞き流すこともできない。ただ唇を嚙み締めて、諦めて呑み込むだけ。だけどもう、それでいい。感情に波風を立てたくない。そんなのは疲れるだけ。

桔梗さんが私に居場所を伝えていくのはただ、私が彼の直属の部下だから、ただそれだけ。便宜上の理由だけ。そんなことよりも『桔梗さんは彼女をつくらない主義ですよ』と意地悪くも教えてあげたくなる。

< 20 / 163 >

この作品をシェア

pagetop