好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
『出力しっぱなしにしてしまった通達を、規定変更で変更になった書式を藤井が何も言わずに片づけたり差し替えてくれていたって知ってたか? 藤井みたいな心遣いができる奴はそういない。俺はそんな藤井を尊敬してる』
不覚にも、涙が出そうになった。庇ってもらえるなんて思ってなかった。庇ってほしかったわけじゃない。だけど今、胸が震えている。
本当にこの人は、どうしてこんなにも予測不可能なことをするのだろう。
私が感じた胸の痛みはもうとっくになくなっていた。

どうして私が書式の入替作業をしていたことを、出力しっぱなしになっていた通達を振り分けていたことを知っていたの? 桔梗さんの前で片づけたことなんてないのに。

涙で視界が滲んでいく。泣き出しそうになっている私に気づいたのか、桔梗さんは周囲にいつものように明るくおどけた様子で笑いかける。

『いつも藤井に捜索させている俺が言うのもなんだけど。皆、藤井に感謝して自分たちで管理しろよ?』
『本当ですよ、桔梗さん』
桔梗さんの声音がいつもの調子に戻ったことにほっとしたのか、皆が口々に話しだす。
『そうね、藤井さんに頼りっぱなじゃだめよね。藤井さんが連続休暇の時とか困っちゃう』
皆、思い思いに意見を口にして話しかけてくれた。私はただ相槌を打つ。
皆が作業に戻り始めると桔梗さんがグイッと私の腕を引っ張った。バサッと眼前が黒い布で覆われる。
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