好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
『きゃっ……!』
『顔、見せたくないんだろ?』
桔梗さんのその言葉に、私は自分が泣いていることに気づく。
『お前はもういいから、今日は帰れ』
感情の読みとれない平坦な声で言う桔梗さん。
『でもっ』
『たまにはサボれ、優等生。上着は貸しておいてやるよ』
上着越しに私の頭をぽんぽんと叩いて桔梗さんが言う。桔梗さんの表情はわからない。
『い、いいです! このまま帰りますから。お、お気遣いありがとうございますっ』
上着を脱ごうとする私に桔梗さんが小さく溜息をつく。
『本当、意地っ張りだな、お前』
呆れたような声にグッと返事に詰まる。
どうせ、意地っ張りですよ、可愛げなんてないですよ。
心の中で思い切り悪態をつく。
『……可愛げがないとは思ってないからな』
ええっ何でばれてるの!?
クックと桔梗さんの声が頭から降ってくる。
『素直だからわかりやすいんだよ、藤井は。とりあえずロッカー行って帰り支度をしてエントランスで待ってろ。十分以内に行く』
有無を言わさない桔梗さんの声にコクコク頷く。
『声は出るだろ?』
桔梗さんは不思議そうにそう言って私をロッカールームに送り出した。

傍から見れば桔梗さんんのスーツの上着をかぶって歩く私の姿は滑稽なはずなのに、ロッカールームに向かう途中にすれ違った人たちに何も言われなかった。
ロッカールームに着いて涙の痕が残る顔を鏡に映した時、桔梗さんにお礼を伝え忘れていることに気づく。
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