好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
桔梗さんに遠慮せず手を繋いでいいぞ、と何回もからかわれながら連れてこられたのは円山公園駅から少し歩いた場所にある小さな喫茶店だった。

『こんなところにお店、あったんですね……』
驚く私に桔梗さんが怪訝そうに尋ねた。
『藤井、この辺り詳しいの?』
『私の自宅、円山公園駅から北に向かったところですよ。北一条通りまでは行かないですけど』
桔梗さんの質問に素直に答える。
『お前実家暮らしじゃないの?』
ひどく驚いた顔をする桔梗さん。
『独り暮らしですよ』 
『何だよ、言えよ! じゃあ、俺の近所じゃん』
端正な顔が満面の笑みで綻ぶ。
『え!?』
その返事に目を見開く私。
『俺の家、そこの通り真っ直ぐ行って左に曲がった場所にあるベージュのマンション、ちなみに八階、八○三号室』
桔梗さんが指し示す方向にあるマンションに目を向ける。そのマンションは以前、大手不動産会社が売り出した高級分譲マンションで、地下鉄の駅に大きな広告が貼り出されていた。
本当に近い、そんなことを呑気に考えていて、はたと思い当った。
『ちょ……桔梗さん! だめじゃないですか!』
焦って大声を出してしまう。
『は?』
眉間に皺を寄せ、怪訝な顔をする桔梗さん。
『自宅、公然の秘密でしょ!?』
そう、桔梗さんと瀬尾さんの自宅は公然の秘密になっているのだ。札幌支店はおろか、我が社きっての美形でエリートのふたりは女性からの熱い視線が引きも切らず。ストーカーに近い行為をするような女性も過去にはいたらしい。そのため彼らの自宅は勿論、プライベートはできるだけ内密にされているのだそうだ。事実、ふたりの自宅住所を知っているのは札幌支店では支店長と皆川さんだけだ。
私の大声に一瞬驚いた顔をした桔梗さんはブハッと吹き出した。
『お前……そこなの!?』
涙目になりながら本気で笑い転げる桔梗さんに、今度は私がぽかんとする。

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