好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
『バーカ』

頭上に響いた言葉が沈黙を簡単に打ち破る。ふわ、と温かい手が私の頭に触れた。安心する大きな骨ばった手。私とも家族とも違う、大人の男性の手。
『お前、本当に真面目だよな。言い訳もキレ方も真面目って、どうなの?』
馬鹿にするような言い方なのに、声音は泣きたくなるくらいに優しい。こんなのは反則だ。胸に沁みてしまう。必死にこらえた涙がぼろぼろと、握りしめた拳に落ちる。
『頑張りすぎ。我慢しすぎ。もっと肩の力を抜け。そんなに気負わなくても俺がちゃんと見てる。何かあったら俺が全力で守ってやるから。ひとりで頑張るな』
ぽんぽん、と小さい子をあやすように撫でてくれる手が優しくて温かくて、ますます涙が止まらなくなる。
酷い言い方をしたのに、そんな優しい言い方をしないで。もっとなじればいいのに。怒ればいいのに。どうしてそんなに優しくするの。
そう言いたいのに声にならない。
『世の中、お前よりズルい奴なんて掃いて捨てるほどいるぞ? 言っとくけど潤も俺も結構腹黒いし。お前なんて俺から見たらただの不器用な奴だよ。お前はそうやって素直に人の意見を受け入れて、真面目に悩むところが長所だよ』
諭すように言ってくれる桔梗さん。
『それにお前が俺の世話をしてくれないと、皆が困るだろ?』
へらっといつものように軽い言い方をする桔梗さんに、涙が乾いていく。
グスッと鼻を啜って恐る恐る顔を上げた私の目に、切ないくらいに優しい桔梗さんの笑顔が映った。
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