好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
『すみません、ご馳走になってしまって』
『いや、全然。お前が元気に食べてくれて何より』
ニッと笑う桔梗さん。
『あ、あのっ。上着、涙で汚しちゃってるのでクリーニングして……』
桔梗さんが着ているスーツの上着を見つめながら言う。
帰り道。
七月上旬の夜は昼間の暑さが嘘のように涼しい。
澄んだ夜空には小さな星がまばらに光る。
今日は気温が高いと言っていた昨夜の天気予報を信じて、上着を持たずに出勤したのは失敗だったかな。
『絶対にまた来てね』と温かく送り出してくれたセイさんと桜さんと別れて桔梗さんと歩く。お店から桔梗さんの自宅は近い。
現在午後九時半過ぎ。オレンジ色をした街灯がぼんやりと住宅街に光を落とす。
『ひとりで帰ります』という私に。『そんな真面目な遠慮は要らない』と不機嫌さを露にした目で凄まれて、送ってもらう。
『クリーニング? そんなの気にしないから』
『き、気にします!』
瞬間、バサ、と私の肩にかかる上着。包まれて驚く私。
『家に着くまで着てろ』
何でもないことのように桔梗さんが言う。
『えっ、何で!』
いきなりのことに頭がまわらない。
私の腕を取って、黙って袖を折る桔梗さん。
高級スーツに皺が出来る!
息を呑む私の思惑を読んでいたのか、桔梗さんがふっと笑う。
『皺とかどうでもいいから……腕冷たくなってる。寒いならちゃんと言え』
……どうして。
何も言えずに目を丸くする私に桔梗さんは当たり前のように言う。
『この気温で五分袖のカットソーはお前には寒いだろ、いくら札幌出身でも』
『どうして……』
乾いた声が思わず出た。
『お前が極度の寒がりで冷え症だなんて、見てたらすぐわかる』
何でもないことのようにさらりと言って、もう片方の袖も捲る桔梗さんの姿に胸が痛くなった。
普段殆んど自席にいないのに、普段殆んど行方不明で傍にいないのに。
どうしてそんなことを知っているの。どうして私を理解しようとしてくれるの。どうして甘やかしてくれるの。
『いや、全然。お前が元気に食べてくれて何より』
ニッと笑う桔梗さん。
『あ、あのっ。上着、涙で汚しちゃってるのでクリーニングして……』
桔梗さんが着ているスーツの上着を見つめながら言う。
帰り道。
七月上旬の夜は昼間の暑さが嘘のように涼しい。
澄んだ夜空には小さな星がまばらに光る。
今日は気温が高いと言っていた昨夜の天気予報を信じて、上着を持たずに出勤したのは失敗だったかな。
『絶対にまた来てね』と温かく送り出してくれたセイさんと桜さんと別れて桔梗さんと歩く。お店から桔梗さんの自宅は近い。
現在午後九時半過ぎ。オレンジ色をした街灯がぼんやりと住宅街に光を落とす。
『ひとりで帰ります』という私に。『そんな真面目な遠慮は要らない』と不機嫌さを露にした目で凄まれて、送ってもらう。
『クリーニング? そんなの気にしないから』
『き、気にします!』
瞬間、バサ、と私の肩にかかる上着。包まれて驚く私。
『家に着くまで着てろ』
何でもないことのように桔梗さんが言う。
『えっ、何で!』
いきなりのことに頭がまわらない。
私の腕を取って、黙って袖を折る桔梗さん。
高級スーツに皺が出来る!
息を呑む私の思惑を読んでいたのか、桔梗さんがふっと笑う。
『皺とかどうでもいいから……腕冷たくなってる。寒いならちゃんと言え』
……どうして。
何も言えずに目を丸くする私に桔梗さんは当たり前のように言う。
『この気温で五分袖のカットソーはお前には寒いだろ、いくら札幌出身でも』
『どうして……』
乾いた声が思わず出た。
『お前が極度の寒がりで冷え症だなんて、見てたらすぐわかる』
何でもないことのようにさらりと言って、もう片方の袖も捲る桔梗さんの姿に胸が痛くなった。
普段殆んど自席にいないのに、普段殆んど行方不明で傍にいないのに。
どうしてそんなことを知っているの。どうして私を理解しようとしてくれるの。どうして甘やかしてくれるの。