好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
十二月に入って少しずつ雪が降る日が増えた。数センチメートル積もる日もあれば、すっかりとけきってしまう日もあり、その繰り返し。根雪に変わる前の準備を促されている気分になる。マンションの植栽には雪囲いがされ、本格的な冬の訪れを意識する。

「瀬尾さん、今日お昼休憩を外でとらせてもらっていいですか?」
朝一番、見かけた瀬尾さんに声をかけた。瀬尾さんは昨日から出張で札幌支店を訪れている。このタイミングで瀬尾さんが出張してきてくれているのは運が良かった。
「いいけど、外出?」
ほんの少し眉間に皺を寄せる瀬尾さん。
「親友が大通に来るので一緒にお昼をとりたくて。今日はそんなに忙しい日でもなく、来客予定もないので」
瀬尾さんの反応を訝しみながら理由を言う。
「何で、俺?」
問われた内容にキョトンとする。苦笑しながら補足する瀬尾さん。
「桔梗、は?」
その言葉に瀬尾さんが言いたかったことがわかった。
「……誰とどこに何時から何時まで行くんだって言いそうなので」
渋面を作って返答する。ブッと瀬尾さんが噴き出す。
「言いそう、アイツ。藤井には過保護だからなあ」
瀬尾さんがどこか面白そうな表情を浮かべる。
「休憩を終えるまで言わないでくださいね」
 念押しをする私。
「俺が恨まれるんだけど?」
「元上司のよしみでお願いします」
本当は転勤してしまっている瀬尾さんに許可を貰うのはルール違反だけど「はいはい」と瀬尾さんは諦めたように頷く。
「何、潤。藤井に何の話?」
気配なくやって来た直属の上司。私は密かに視線で瀬尾さんに懇願する。
「お前の居場所を聞かれただけ」
私にちらりと視線を向けながら瀬尾さんが桔梗さんに答える。
「それにしては長話じゃない?」
焦げ茶色の瞳を眇めて言う桔梗さん。
「……お前、いつから見てたんだよ」
溜め息混じりに言う瀬尾さん。私はそそくさと自席に戻る。
「藤井、待てって!」
背中から追いかけてくる上司の声は聞こえない振りをした。
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