好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
「あ、あの……」
いたたまれない空気の中、なぜか無視できない威圧感を感じて恐る恐る声をかけた。
「寒いから戻るぞ」
ふい、と視線を逸らして桔梗さんは歩き出す。私は慌てて後ろを付いていく。

支店に戻ると、さっきまでの不機嫌な表情が嘘のようにいつも通りの桔梗さんだった。
いつもはふらりと行方不明になるくせに、ずっと検印をしてくれている。それが普通の上司の姿なのだけれど、違和感を感じたのは私だけではない。

「桔梗さんが普通に自席に座っているのって何だか見慣れないわね」
金子さんが不思議そうに呟く。
「何だかいつもと雰囲気が違うわね。桔梗さん、何かあったの?」
話を振られてバサリ、と書類を取り落としてしまう。
「えっ? あ、いや、わからないですけど……」
「あら、そうなの? 気になるわねぇ」
金子さんの言葉に私は乾いた笑みを浮かべて誤魔化す。
桔梗さんは昼休み以降、私に一切話しかけてこない。なぜかそのことが私の胸に影を落とす。
気にする必要はない。
きちんと謝った。そもそも怒られるようなことはしていない。
そう思うのになぜか気持ちが塞いだ。

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