好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
カツン。誰かの足音が響く。
「藤井さん?」
この声は峰岸さんだ。
「はい」
書架の隙間から顔を出す。
「私、今日用事があるから先に退社するわね。何かあったら桔梗くんに伝えてちょうだい」
キャメル色のコートを着込んだ峰岸さんが立っていた。
「わかりました。お疲れ様です」
ロッカールームに向かう途中に立ち寄ってくれた様子の峰岸さんに返事をする。
「お疲れ様。あなたも早く帰りなさいよ」
腕時計の時刻は七時過ぎを示している。返事をする私に微笑んで、峰岸さんは資料室を出ていった。

再び訪れる静寂。

どうして私はこんなに落ち込んでいるのだろう。
自問自答を繰り返す。
昼間のことを気にしているから? クリスマスお見合い会に参加したいから? まさか、そんなわけない。じゃあ何? 桔梗さんの態度?
でも桔梗さんに何かを言われた訳じゃない。なぜか不機嫌にさせてしまっただけ。瀬尾さんは理由がわかると言っていたけれど、私にはわからない。最後のファイルを書架に戻す。
「……帰ろう」

呟いた時、コツコツと背後から近付いてくる足音がした。
「峰岸さん? どうしたんですか?」
振り返った私の目に、今一番会いたくない上司が映った。
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