好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
「行くのか?」
「え……?」
「お見合い会、行くのか?」
数分前と同じ態勢。トン、と手のひらを私の真横の壁につく。
真上に光る無機質な蛍光灯。
私を見下ろす目には、そこはかとない色香が滲む。長い睫毛に縁取られた綺麗な焦げ茶色の瞳に私が映る。本当に魅力的すぎる上司。
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
彼の目がほんの少し不安気に見えるのは気のせい?
「どうして……そんなことを気にするんですか?」
絞り出した声が震える。自分でも驚くほど頼りない声。
何で私、こんなに緊張しているの。いつもみたいに言い返せないの。
フッと桔梗さんの薄い唇が弧を描く。
「気になるから?」
グッと顔を近付けて、疑問形で返してくることがズルい。微かな吐息が肌を掠める。
ドキンドキンドキン……あり得ないくらいに暴れだす鼓動。
「き、桔梗さんに関係ないですっ! 私がクリスマス、に何をしようと!」
直視できずに俯く私。だけどそれは許されなかった。桔梗さんの綺麗な長い指が私の顎にかかる。
「目、逸らすな。お前のことで、俺に関係ないことなんてないんだよ」
ほんの少し乱れて下りた前髪。いつもと違う雰囲気を纏う桔梗さん。その強い視線に射すくめられて、動けない。その指を振り払えない。
「い、意味がわかりません……」
情けないくらい弱々しい私の声を桔梗さんが目を眇めて笑う。こんな状況じゃなかったら、見惚れるくらいに綺麗な微笑み。
いつもと違う、ピリ、と張りつめた空気を纏う桔梗さんにうまく言葉を返せない。鼓動だけが雄弁に私の本心を物語る。
「何で? そのままだろ?」
どこまでも色気が漂う薄い唇が信じられない言葉を紡ぐ。

「俺を選べば?」


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