好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
「……泣くほど、嫌?」
片手は私を抱きしめたまま、もう片方の指で私の涙を優しく拭う。真っ赤な顔のまま、フルフルと首を横に振る私に桔梗さんはふわっと甘い笑みを見せた。
「どうした?」
優しさで溢れるような声が降ってきて、涙が止まらない。
どうして、そんな声を出すの。どうして、そんなに優しく私に触れるの。
「な、んで、面倒臭くないの……」
心のなかで呟いた言葉はするりと口から零れ落ちた。
「私、私、きっとうまく付き合えない。自分の気持ちも、わか、らないのに。絶対に、嫌な思いをさせる。嫌われたくない」
本心を吐きだした声は自分で思うよりも弱々しい。
「うまく付き合う、って何? 面倒臭いって、何で?」
涙声の私をあやすように桔梗さんは私の髪をそっと撫でる。
「付き合い方なんて皆それぞれだし、俺はお前に何か頑張ってほしいなんて思ってない。強いて言うなら俺に守られて甘やかされていてほしい、ってことくらい? それ以外、何も望まない」
私の髪にキスをする甘い上司は清々しく言い切る。その言葉に更に私の熱が上がる。
「でもっ!」
納得できない私は反論を試みる。
「藤井。好きで好きで仕方ない女がいるのに、その女を面倒臭いなんて思う男はいない。少なくとも俺はお前を、今までもこれからも絶対に面倒臭いなんて思わない」
私の反論をやんわり拒絶して、いつものようにはっきりと否定する桔梗さんの声は真剣で、とても温かい。
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