好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
桔梗さんが東京から戻ってきて、初詣にふたりで行き、すぐに仕事始めがやって来た。いつもなら実家でだらだら過ごすだけの年始は違う風景を見せていた。
「潤、夏くらいには入籍する予定らしいぞ。って何、その顔」
一月半ばの土曜日。
喫茶『桜』のテーブル席で、湯気のたつコーヒーを美味しそうに飲む桔梗さんが、真向かいに座る私の眉間の皺に長い綺麗な指を押し付ける。
「……私、何も言ってませんけど」
憮然とした表情でカフェオレのカップを両手で包み込む私に、桔梗さんが苦笑する。
「まるわかりなんだけどな。お前の考えていることなんて」
「おめでたいことだと思ってますけど……ちょっと気になっただけです」
視線を逸らして小さな声で言う私。
「あのふたりが付き合っていたのは随分前のことだよ。峰岸だってとっくに割り切ってる」
私が考えていることを察して、淡々とした声で言う桔梗さん。
そう、峰岸さんは瀬尾さんの元彼女なのだ。瀬尾さんが入社してすぐくらいの時の話だそうだけれど。瀬尾さんと橘さんを時折切なそうに見ていた峰岸さんを思い出す。桔梗さんから最近その話を聞いて、以前の峰岸さんの表情がふに落ちた。
土曜日の夕方。
カウンターに座る数人の常連客以外はいない店内。流れる耳辺りの良い音楽。
「他人の気持ちには敏感なくせに、何で自分が関わると鈍いかな?」
胡乱な目を向ける桔梗さん。
「何のことですか?」
桔梗さんの言葉に首を傾げる私。
「いや、こっちの話」
人の気持ちは難しい。時間や言葉では縛れない。予想ができない。永遠を絶対を望んでも、手の平からすり抜けていく想いもあれば、何も言わなくても伝わる強固な想いもある。
桔梗さんの言うように峰岸さんにとったら既に割り切った過去の恋愛話なのかもしれない。瀬尾さんが橘さんと結婚することを、きっと峰岸さんは心から祝福するだろう、峰岸さんはそういう人だ。
恋愛スイッチをオフにしてしまうような私に心配されたくもないだろう。
だけど、いつも恋を失ってきた私には何だか峰岸さんのことが他人事に思えなかった。
自分の幸せな恋、なんてもうずっと考えなかった。私は恋愛には不向きだと思ってきたから。
なのに桔梗さんが現れた。
「潤、夏くらいには入籍する予定らしいぞ。って何、その顔」
一月半ばの土曜日。
喫茶『桜』のテーブル席で、湯気のたつコーヒーを美味しそうに飲む桔梗さんが、真向かいに座る私の眉間の皺に長い綺麗な指を押し付ける。
「……私、何も言ってませんけど」
憮然とした表情でカフェオレのカップを両手で包み込む私に、桔梗さんが苦笑する。
「まるわかりなんだけどな。お前の考えていることなんて」
「おめでたいことだと思ってますけど……ちょっと気になっただけです」
視線を逸らして小さな声で言う私。
「あのふたりが付き合っていたのは随分前のことだよ。峰岸だってとっくに割り切ってる」
私が考えていることを察して、淡々とした声で言う桔梗さん。
そう、峰岸さんは瀬尾さんの元彼女なのだ。瀬尾さんが入社してすぐくらいの時の話だそうだけれど。瀬尾さんと橘さんを時折切なそうに見ていた峰岸さんを思い出す。桔梗さんから最近その話を聞いて、以前の峰岸さんの表情がふに落ちた。
土曜日の夕方。
カウンターに座る数人の常連客以外はいない店内。流れる耳辺りの良い音楽。
「他人の気持ちには敏感なくせに、何で自分が関わると鈍いかな?」
胡乱な目を向ける桔梗さん。
「何のことですか?」
桔梗さんの言葉に首を傾げる私。
「いや、こっちの話」
人の気持ちは難しい。時間や言葉では縛れない。予想ができない。永遠を絶対を望んでも、手の平からすり抜けていく想いもあれば、何も言わなくても伝わる強固な想いもある。
桔梗さんの言うように峰岸さんにとったら既に割り切った過去の恋愛話なのかもしれない。瀬尾さんが橘さんと結婚することを、きっと峰岸さんは心から祝福するだろう、峰岸さんはそういう人だ。
恋愛スイッチをオフにしてしまうような私に心配されたくもないだろう。
だけど、いつも恋を失ってきた私には何だか峰岸さんのことが他人事に思えなかった。
自分の幸せな恋、なんてもうずっと考えなかった。私は恋愛には不向きだと思ってきたから。
なのに桔梗さんが現れた。