好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
こんな気持ちは、できるなら知りたくなかった。

どこかで否定をする気持ちがあった。
私は“彼女”でこれからも“彼女”でいられるって。
菜々が「桔梗さんは莉歩を大切にしてくれてるから大丈夫」と言ってくれていたことを信じたかった。本当は心のどこかで期待していた。
だけどさっき聞いた桔梗さんに告白した女性の話に、その希望はただの私の願望だったのだと思い知らされた。
こんな状態でチョコなんて渡せない。私以外からも桔梗さんはきっとたくさん貰ってる。素敵なチョコの中で平凡で不器用な私のチョコは埋もれて見えなくなる。その姿はまるで、私。無様な私。好きな人に気持ちを伝えられない臆病で卑怯な私。
泣き止まなきゃ、目が腫れてしまう。明日、みっともない姿で出勤になってしまう。
付き合った人にさよならを告げられるのは初めてじゃない。大丈夫。今までみたいに恋愛スイッチをオフにしてしまえばいいだけ。
桔梗さんはいつか転勤する。それまでなら、期間限定なら、きっとただの部下としてやり過ごせる。
頭ではわかっているのに、何度も言い聞かせているのに、胸が潰れそうに痛い。喉がヒリヒリして声が出ない。情けない嗚咽ばかりが漏れる。
こんな風に耐えられないくらいの気持ちがあるなんて知らなかった。誰かを好きになることがこんなにも苦しいなんて。叶わないとわかっているのに、奇跡を願わずにはいられないくらいに切ない気持ちなんて知らなかった。
こんな気持ちは、できるなら知りたくなかった。私の声にならない悲鳴は冷えた真っ暗な部屋に吸い込まれていった。


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