好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
フロアから抜け出して、そっと一息つく。小さく深呼吸をして、グッと唇を嚙み締めた。
桔梗さんの声を聞いただけで、こんなに動揺していてはだめなのに。
「お昼、食べなきゃ」
力なく呟いて足を踏み出した私の身体が、グッと後ろに引っ張られた。
「な、に……っ」
大きな男性の手に掴まれた腕。強引なようで触れる手はどこまでも優しい。くるり、振り返った私の視界に映る上司の笑顔。手の感触とは対照的に見たことがないくらいに冷え冷えとしたその笑顔に、私の身体が凍りつく。
「逃げられると思った?」
有無を言わせない低い声。不機嫌さが直に伝わる。
「お前が抜け出したことに気づいてないと思った?」
腕を掴んだまま桔梗さんは私を引っ張って、営業フロアから離れた会議室に連れていく。
ドクンドクンドクン。
嫌な予感に鼓動が暴れだす。営業時間中にここを使用する人はほぼいない。
カチャリ。
掛けられた鍵の音に、捕まったことを悟る。無駄だってわかるのに、コの字型に並べられた机を避けて、長方形の部屋の窓際に後ずさる。締め切られた窓にかかるベージュのカーテンが背中に触れる。
「……逃がさない、って言わなかった?」
スーツに包まれた長い足があっという間に私との距離を詰める。部屋に響く不機嫌な低音。背中には窓、正面には桔梗さん。逃げ場所がない。無意識に握りしめた拳が震える。
「何で、泣いた?」
カチャ、と私の黒縁眼鏡を外して自身のポケットにしまいこむ桔梗さん。
「返して」と呟いた声は無視される。声と表情はこれ以上ないくらいに不機嫌なくせに、瞼に触れる指は泣きたいくらいに優しくて、トクンと鼓動が震えた。
桔梗さんの声を聞いただけで、こんなに動揺していてはだめなのに。
「お昼、食べなきゃ」
力なく呟いて足を踏み出した私の身体が、グッと後ろに引っ張られた。
「な、に……っ」
大きな男性の手に掴まれた腕。強引なようで触れる手はどこまでも優しい。くるり、振り返った私の視界に映る上司の笑顔。手の感触とは対照的に見たことがないくらいに冷え冷えとしたその笑顔に、私の身体が凍りつく。
「逃げられると思った?」
有無を言わせない低い声。不機嫌さが直に伝わる。
「お前が抜け出したことに気づいてないと思った?」
腕を掴んだまま桔梗さんは私を引っ張って、営業フロアから離れた会議室に連れていく。
ドクンドクンドクン。
嫌な予感に鼓動が暴れだす。営業時間中にここを使用する人はほぼいない。
カチャリ。
掛けられた鍵の音に、捕まったことを悟る。無駄だってわかるのに、コの字型に並べられた机を避けて、長方形の部屋の窓際に後ずさる。締め切られた窓にかかるベージュのカーテンが背中に触れる。
「……逃がさない、って言わなかった?」
スーツに包まれた長い足があっという間に私との距離を詰める。部屋に響く不機嫌な低音。背中には窓、正面には桔梗さん。逃げ場所がない。無意識に握りしめた拳が震える。
「何で、泣いた?」
カチャ、と私の黒縁眼鏡を外して自身のポケットにしまいこむ桔梗さん。
「返して」と呟いた声は無視される。声と表情はこれ以上ないくらいに不機嫌なくせに、瞼に触れる指は泣きたいくらいに優しくて、トクンと鼓動が震えた。