好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
気温が緩やかに上昇し、雪の降る日が少なくなった。道路脇に寄せられた雪の壁は少しずつ低くなり、アスファルトが見えるようになった。
青空がのぞく日が増えて、春の訪れを少しずつ感じる。日没までの時間が長くなり、一日を真冬のように忙しなく思うことも少なくなった。

街中のあらゆる場所でホワイトデーの文字をよく目にする。ブルーのリボン、白いハート、バレンタインデーと対をなすイベントに活気が溢れる。私はいまだにバレンタインチョコを好きな人に渡せてさえいない。

桔梗さんの態度は変わらない。私の下の名前を呼ばれることもない。「名前を呼んでほしい」と桔梗さんに言われることもない。過剰に触れられることもなく、キスも殆どしていない。
だけど変わらずに優しく接してくれるし、忙しい時間をやりくりして、時間をつくって外出をしてくれる。買い物だったり、食事だったり。普通の恋人同士のような距離で、指を絡めて歩く。伝わる体温にドキドキして気持ちがふわふわ高揚する。その時間はとても嬉しい。
だけど同時にいつまで隣にいられるのだろうかと不安にかられる。聞きたいことはたくさんあるのに、喉の奥に張りついて言葉にできない。その代わりに私はどうでもいい話ばかりをしてしまう。
好きな人に本音を話すことがこんなに難しいなんて思わなかった。
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