好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
月に一度の残業ゼロの早帰りデーは皮肉なことにホワイトデーだった。
バレンタインデーすらすっぽかした私が「ホワイトデーに会えますか」なんて聞けない。
昨夜のメッセージで桔梗さんも何もホワイトデーについて触れていなかったから、私も何も反応しなかった。もしかしたら多忙ななかで忘れてしまっているのかもしれない。それならそれでいい。イベント事に煩わされる必要なんてない。そう言い聞かせてはみるけれど、仕事帰りに見かけた嬉しそうな顔の恋人同士に心が鉛のように重くなった。
ひとりで自宅にいても塞ぎこんでしまうだけ。そう思った私は喫茶『桜』に向かう。美味しいコーヒーをいただいて気分転換しよう。
重厚な木製の扉を開けると、温かい空気と共にふわ、と芳ばしい香りが鼻をくすぐる。
「あらっ! 莉歩ちゃん、いらっしゃい。ひとり? 仕事帰りなの?」
いつものように朗らかに声をかけてくれる桜さんに気持ちが和む。
「こんばんは、桜さん。ちょっと美味しいカフェオレが飲みたくて」
大歓迎、とセイさんも笑顔を返してくれてカウンター席をすすめられた。テーブル席はほかの来店客ですべていっぱいだった。
「お腹は空いてる? 何か食べてきた?」
桜さんが優しく尋ねてくれる。
「いえ、まだです」
「それじゃ、何か準備するね」
にっこり笑うセイさん。桜さんはなぜか店の電話の受話器を手にしている。
温かいカフェオレがコトリ、と目の前に置かれた。ほんのり甘い香りと優しいベージュ色に気持ちが落ち着く。手を忙しなく動かしながらもセイさんは他愛ない話をしてくれて、さっきまでささくれだっていた心がほぐれていく。
「莉歩ちゃん、カツサンドお持ち帰りを用意したからね」
にっこり微笑む桜さん。
「え? 持ち帰り、ですか?」
思わず聞き返す。
「食べて帰ります」と言おうとした時、カランッとお店のドアベルが大きく鳴り響いた。
バレンタインデーすらすっぽかした私が「ホワイトデーに会えますか」なんて聞けない。
昨夜のメッセージで桔梗さんも何もホワイトデーについて触れていなかったから、私も何も反応しなかった。もしかしたら多忙ななかで忘れてしまっているのかもしれない。それならそれでいい。イベント事に煩わされる必要なんてない。そう言い聞かせてはみるけれど、仕事帰りに見かけた嬉しそうな顔の恋人同士に心が鉛のように重くなった。
ひとりで自宅にいても塞ぎこんでしまうだけ。そう思った私は喫茶『桜』に向かう。美味しいコーヒーをいただいて気分転換しよう。
重厚な木製の扉を開けると、温かい空気と共にふわ、と芳ばしい香りが鼻をくすぐる。
「あらっ! 莉歩ちゃん、いらっしゃい。ひとり? 仕事帰りなの?」
いつものように朗らかに声をかけてくれる桜さんに気持ちが和む。
「こんばんは、桜さん。ちょっと美味しいカフェオレが飲みたくて」
大歓迎、とセイさんも笑顔を返してくれてカウンター席をすすめられた。テーブル席はほかの来店客ですべていっぱいだった。
「お腹は空いてる? 何か食べてきた?」
桜さんが優しく尋ねてくれる。
「いえ、まだです」
「それじゃ、何か準備するね」
にっこり笑うセイさん。桜さんはなぜか店の電話の受話器を手にしている。
温かいカフェオレがコトリ、と目の前に置かれた。ほんのり甘い香りと優しいベージュ色に気持ちが落ち着く。手を忙しなく動かしながらもセイさんは他愛ない話をしてくれて、さっきまでささくれだっていた心がほぐれていく。
「莉歩ちゃん、カツサンドお持ち帰りを用意したからね」
にっこり微笑む桜さん。
「え? 持ち帰り、ですか?」
思わず聞き返す。
「食べて帰ります」と言おうとした時、カランッとお店のドアベルが大きく鳴り響いた。