私の最後の夏の思い出

「ねぇ、おばあちゃん。」

おばあちゃんの背中を洗いながらおばあちゃんに問いかける。前を向いたままどうしたんだい、と返事をくれるおばあちゃんにずっと考えていたことを言うことにした。
「あのね、私。病院で余命のことを聞いたあとに家帰って。おばあちゃんの家に行きたいって言ってときね、行きたい、じゃなくて行かなきゃ、って思ったんだ。行くのは運命だって思ったの。私、昔最後にこの家に来た時の記憶があんまりないから…おばあちゃん、何か知ってること、ない?」
 そう聞くと、おばあちゃんは一瞬考え込むように黙って、それから少し笑って話し始めてくれた。
「それはゆりちゃんの言うように、きっと、運命だよ。でも私からは何も言わないよ。きっと自分でわかるから。…はい、次はゆりちゃんの番。後ろ向いて。」
 そう言われても首をかしげることしかできない。
「おばあちゃん、それどう言う…」
「あぁ、ほら。前向いて、洗えないよ。」
 そう言われて前を向く。体を洗い終わってから二人で湯船に浸かる。
「ゆりちゃん、やっぱり大きくなったねぇ。ビデオ通話とかで見ていたから大きくなっていたのは知っていたけど。いつの間にか身長も追い越されていたんだねぇ。」
 そう言われると、少し恥ずかしくなる。お母さんたちは私が大きくなったことなんて気にしないし。自分が成長していることを再認識してなんだかこそばゆいような気持ちだ。




「そう…かな?でも、やっぱりこのお風呂大きいね。あともう1人入れるぐらいじゃん。」
 この家はここら辺では一番大きい家。この家は代々続く陶器のお店らしい。離れで作っているのを見せてもらったことがある。
「まぁ、広いのは、ねえ。でももう後継はいないから、この代で終わりかな。長い間続けてきた、自慢の店なんだけど…」
 窓の外を遠い目で見ながらそう話すおばあちゃんに少し申し訳ない気分になる。自分の命が長く続くのであれば、継いでいくことはできたかもしれないのに。でも謝るのはなんか違う感じがして、なんて言えば良いのかわからないで考えを巡らせていると、良いんだよ、とおばあちゃんが言った。
「ゆりちゃんのせいじゃない。あんたのお母さんだよ。さっさと嫁いで出てったんだから。気にすることはないよ。」
 おばあちゃんの本心だって気づいた。小さく頷くとおばあちゃんは満足そうに微笑んだ。もうしばらくお風呂に入っていようとしたが、急に体の底からぽかぽかしてきた。顔が赤くなってきたのが自分でもわかって、それに気づいたおばあちゃんも、もう出ようか、と言って出た。それに続いて私も湯船から出る。二人で体を拭いて着替えて居間に行くと、
「お、出てきた。そろそろだと思っていたよ。かき氷作ろう。うちのはとびきりうめぇぞ。」
 そう言って大きい氷の塊を冷凍庫から出してきた。こんな大きい氷は夏祭りとかでしか見たことがない。お皿の上に削り出された氷に家で作っているという特性イチゴジャムをかける。よく見かけるのとは違って、全てがキラキラと輝いているように見えた。




夜、気温が下がったとは言え、まだまだ暑い。お風呂上がりの火照った体をかき氷が冷ましてくれるような気がした。
「美味しい…。おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう。」
 私がそう言って微笑むと、おじいちゃんがバッカだなぁ、と言って私の頭をガシガシと撫でてきた。
「お前の幸せが俺たちの幸せだ。なんかあったら言えよ。なんでもしてやるからよ!」
「私もよ!ゆりちゃん、なんでも言いなさい。これから1ヶ月、色々あると思うけど、すぐに私たちに頼りなさい。いつでも支えるから。」
 そう言われて不意に目頭が熱くなった。鼻の奥がツーンとして、気づくと二人に抱きしめられたまま私はわあわあ声を上げながら子供のように泣きじゃくった。本当は、こう言って欲しかったんだ。自己中で自分のことしか考えないお母さんと、そんなお母さんだけを守ろうとするお父さん。あの人たちといても家族だと思えることはなかった。家族というよりも恋人同士を見守る第三者になっている気がしていた。本当は、余命3ヶ月って言われた時に抱きしめて欲しかった。一番辛いのは私なんだって、わかって欲しかった。私を必要として、私の気持ちを理解してくれる人なんていないって思っていた。本当の親よりも親らしかった。来てよかった。きっとこれで毎日が楽しくなる。そう思った。
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