私の最後の夏の思い出
「ま、まっ…て。待って、瑞樹くん…!」
 走ろうとすると、木の根っこや地面を這うツタなどに足が絡まって転んでしまいそうになる。思わず瑞樹くんを呼び止めると、瑞樹くんは一瞬驚いたような顔をしてから戻ってきてくれた。
「ご、ごめんゆりちゃん。早かったでしょ。俺、早く行きたいっていう気持ちが先走っちゃって…」
 そう言ってから少し考えるような仕草をした瑞樹くんは、何か思いついたのか自分の服の裾を引っ張って、私に握らせた。突然のことに戸惑って顔を上げると、瑞樹くんはいたずらっ子のような笑顔を私に向けていた。
「手繋ぐのは危ないから、ここ持ってて。何かあったら引っ張っていいからさ。」
 そう言ってからまた歩き出す瑞樹くんは、さっきよりもスピードを落としてくれていた。優しいな、と思ったけどそんなこと簡単に口にできるほど私は素直じゃない。クスッと少し笑い漏らすと、なんで私が笑っているのかわからないはずの瑞樹くんも笑っていた。しばらく無言が続く。静かにしていると、森の中はこんなに音があるんだと気付かされた。私たちが歩くたびに地面でこすれる音がしたり、風が吹くたびに木々がざわざわと音を立てる。急に瑞樹くんが立ち止まって、上を見ながら歩いていた私はその背中にぶつかってしまった。瑞樹くん、と名前を呼ぼうとすると、瑞樹の『み』を言ったところで静かに、と言われてしまった。あそこ見て、と瑞樹くんが指差した方を見る。多分…私は5秒間ほど固まっていたと思う。目の前には思わず息をのむほど美しい体をした鹿が二頭いた。鹿は私たちに気づいていない。別に彼らは獰猛な動物ではないから大丈夫だと思うけれど、普段見慣れない動物はやっぱり少し怖かった。
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