あけぞらのつき
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「遠野は嫌いだが、アイツは認めてやらないこともない」
放課後、公園のベンチに腰掛けて、ミサキが言った。
その手の中には、しょうゆで炊いた茶飯のおにぎりがあった。
アイツとは、遠野家の料理番のことだ。
帰りが遅くなると言った遠野とミサキに、夕方お腹が空くでしょうと、小さな握り飯を作ってくれていた。
中身は梅干しだ。
遠野家の梅園で採れたものを、毎年漬けているらしい。塩だけで漬けられた素朴な梅干しが、アキとの思い出に重なった。
「俺のも食うか?」
遠野が、手つかずのアルミ箔を差し出した。
「いいのか?しょうゆだぞ?」
「お前は、山で何を食ってたんだ?しょうゆなんて、普通だろ」
「バカな。しょうゆは高級品だぞ。滅多なことじゃ食べさせてもらえないものだ。お前の屋敷で、初めて、しょうゆのかかった卵を食べたときは、死んでもいいとさえ思ったほどだったからな」
アキが遠野に書状を送ってきたのは、そのためだった。
しょうゆに浮かれたミサキが、塩分の取りすぎなどという、ふざけた理由で体調を崩したのだ。
アキはすぐさま、ミサキへの注意書きをしたためて、遠野に送りつけた。
それは長さが2メートルにも及ぶ、ミサキの生活全般に対する留意点を、細かに指示した物だった。
曰く、風呂には毎日入れること。夜更かしさせぬこと。食事は野菜を中心に与えること。曰く曰く……。