あけぞらのつき
「御曹司のやり方を、ダメとは言いますまい。ですが、主様を嫁に差し出すことは、いたしません」
「な……。俺がいつ、嫁なんて」
「では、今のアレは、なんと言い訳するおつもりで?」
「それは……。ミサキが美味そうに食べるから」
「ええ、そうでしょうとも。御曹司には、主様が美味そうに見えたことくらい、今のアレを見ればジュウブン伝わります。汚らわしい。これだから、発情期の人間は……」
「守護殿!」
アキはミサキを抱いたまま遠野の手をふりほどき、離れたシートに移動した。
誤解だと言ったところで、あの守護者は聞く耳を持たないだろう。
遠野は小さく舌打ちをし、長い足を組み替えた。
***
「死体が……動いてるんだ」
スピーカーから、ミサキの声が流れた。
スクリーンには、白く無機質な建物の窓が映っている。
ぼやけた映像は微かに揺れながら、窓の中の人物に焦点を合わせた。
「これは……」
遠野は言葉を失って、シートから身を乗り出した。
「これが、小野寺だというのか?」
自分が見たものとはまるで違う。小野寺の体は腐りかけ、垂れ落ちた眼球には、虫がたかっている。
指先はすでに白骨だ。
看護師が笑顔で話しかけながら、小野寺の点滴を替えた。
「さあね。わたしはそれが誰かなんて、知らない。でもあの窓の部屋にいたのは、それだ」
「死体が、動いている……」
遠野は呻くように呟いた。
確かに死体が動いているようにしか見えない。
生きた人間が、腐りかけの白骨死体を看護する姿は、シュールすぎる光景だった。