あけぞらのつき
「嘘?どうしてミサキはそう思うんだ?」
「遠野には、解らないのか?この木には何もない。むしろ……」
ミサキは小さな社の裏側に入り込み、手招きをした。
そこには、注連縄の神木よりも少し小さめな、同じ種類の木が、一本ぽつんと生えていた。
「わたしには、この木の方が本物のように見えるな。なんて言うか、脈打っていた気配がする。ただ気配がするだけで、ここには何もいないみたいだ」
「いるとかいないとか、お前は一体何を言ってるんだ?」
「本当にわからないのか?ここには人間の暗い感情が、澱のように沈んでいるじゃないか。でも、カスだ。本体はどこに行ったんだ?」
ミサキは不思議そうに呟いた。
また、本体だ。
小野寺の本体、縁切り榎木の本体。
見えないパズルのピースだけが増えていく。
「殺したいほど憎いならさ。関わらなきゃいいだけだ」
ミサキは遠巻きに、小さい方の榎木を見ながら言った。
「誰かを傷つけてまで成就させたい呪いなんて、おかしいだろ。こいつだってきっと、どうすることもできなかっただろうな」
だってただの木だぜ?とミサキは、同情した口調で言った。人を殺せと頼まれたところで、何ができるとも思えなかった。
「小野寺の死体が見つかったのは、どの辺りなんだ?」
「まさに、ミサキの立っているその場所だ。あっちの御神木から離れたそこで、倒れていたのを発見された」
「発見?誰に?ここには滅多にヒトが来ないんだろ?」
「ああ、清掃活動の下見に来た、町内会の役付きだ。藪の中から、どさっと何かが落ちた音がしたらしい」
「それが、アイツだったと?」
「そのようだ」
「でも、ここは最初に調べたんだろ?」