あけぞらのつき


***

古いドレッサーの前で遠野にドライヤーを当てられながら、ミサキはうつらうつらと目を閉じた。


昔、遠野の姉が使っていたというそのドレッサーは、艶やかに磨き込まれ、ミサキが半目で舟をこぐ様子を映し出していた。


風呂上がりの洗い髪そのままに、布団に入ろうとするミサキの髪を乾かすのは、遠野の日課となりつつあった。



「まだ、眠るんじゃない」


遠野は後ろからミサキの頬をつねった。


ミサキはうるさそうに目を開き、仰け反るように遠野を見上げた。



「今日のやることは、全部終わらせただろ。あとは、わたしの時間だ」


「もう少し、付き合え。縁切り榎木のことを聞かせてもらいたい」



「縁切り?人間は鬼だな。アイツにそんなアダナを付けたのか」


「アダナ?」



「ああ。縁が切れたのは偶然だろうよ。アイツが何かをしたとは思えない。だって、ただの木だぜ?」


「そういえば、ミサキの守護者は樹精と言っていたな」


遠野は乾かした黒髪を、櫛で整えた。



いつもは白磁のように冷たい肌は、風呂上がりでピンク色に上気している。

紅をささなくても赤い唇に、凛とした目元。

それは時折、心の奥まで見透かそうとするように、きらっと輝いた。


ただ、今は眠そうに、とろんと半目を閉じている。



「アキはクチナシの樹精だ。ハスミより長く生きているらしい。きっと、わたしが死んでも、アキは生き続けるんだろうな」


樹精とはそういうものだと、ミサキは理解していた。



注連縄の張られた禁域の、更に奥深い山の中で、ミサキを育てたのは、白いクチナシの樹精だ。

ミサキはいつもアキと一緒だった。



わたしが死んだら、アキはどうなるんだろう。と、ミサキは思う。



「全ての木が、樹精になれるわけではないよ。もしそうだとしたら、山はもっと賑やかだ」


「ミサキは、縁切り榎木は樹精ではないと?」



「ああ。樹精になるには、ケガレすぎている。縄の巻かれた方はそうでもないが、もう一本のアイツはダメだ」







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