あけぞらのつき
でも。と、ミサキは顎に手を当てた。
でもあそこには、何かがいた気配があった。もっと純粋な悪意の固まり……。
「それに、榎木に刺さっていたカンザシ。あれは、何だったんだ?」
「わからない。ただ、まっくらの気配はあの髪飾りからしていた。あそこにはきっと、樹精とは呼べない何かが居たんだ」
「今は、いないのだろう?」
「ああ。たぶん、まっくらが連れてったんだ」
「連れて……?どこに?」
「まっくらが連れて行くとしたら、夢の中しかあり得ない」
「夢?」
「アイツは夢を渡る怪物だ。凝り固まった人間の悪意は、さぞ楽しいオモチャだろうよ」
ミサキは歌うように言い、白藍を抱き上げた。
「待てって。居なくなってから発見されるまでの半年間、小野寺はどこにいたと言うんだ。それもまっくらと関係してるのか?」
「わたしに聞かなくても、そんなもの、本人に直接聞いてみたらどうだ」
ミサキは白藍を小脇に抱え、わざと髪の毛を手で乱してから、ドレッサーの蓋を閉めた。
***
座敷に置かれた文机に広げた教科書を眺めて、遠野はため息をついた。
ツイタテで仕切られた向こう側からは、規則正しいミサキの寝息が聞こえていた。
その昔、遠野の祖先には、他人の夢を渡る能力があったという。
夢を渡るその能力は、血が薄まるにつれ、女だけに引き継がれるようになり、やがて絶えた。
遠野の刀自は、できたらしい。しかしそれも、数十年前の話しだ。
小野寺仰以を捜して欲しいと頼まれた時、遠野はそれを断った。
神隠しなんて、現実にはあり得ない。
だが、必死にすがりついてくる小野寺の母親を、邪険に振り払うことなど、遠野にはできなかった。
遠野が、蔵の中から古い書き付けを見つけたのは、そんな時だ。
隻眼の修験者に相談せよ。
その一文は、神隠しを予知していたかのように思えた。