あけぞらのつき
古い縁を頼りにたどり着いた、眼帯の修験者は、遠野を山の禁域へ導いた。
そこは注連縄の向こう。神の領域だ。
山家と呼ぶには、恐ろしく西洋風の建物だった。
遠野はノートに数式を書きながら、ミサキと初めて会った日を思い出した。
ミサキにとって遠野は、初めて見る人間だと言っていた。
長身の守護者の後ろから、恐る恐る遠野を覗いては、くすくすと楽しそうに笑う。
初対面の印象は、悪くなかったように思う。
だが、協力して欲しいと申し出た瞬間、ミサキの顔から、笑みが消えた。
アキと離れたら死んでしまうと、泣きながら訴えるミサキに、遠野はただ頭を下げることしかできなかった。
夢と現実の狭間で、ミサキは他人の夢を再生する。
時には、過去の記憶さえも、ミサキには見ることができた。
そしてそれは、神隠しの手がかりを探すために、どうしても必要なものだった。
泣き叫ぶミサキに、学校へ行ったらどうかと勧めたのは、眼帯の修験者だった。
自分が何者かを知るために学校へ通うのも悪くはないと、修験者は言った。
長くても三年です。と、守護者が言った。三回花が咲いたら、ここへ帰っていらっしゃい。
守護者はそう言って、ミサキを送り出した。
ミサキを安心させるための笑顔とは裏腹に、守護者の右手は、堅く握りしめられていた。
それは、血が滲むほどに強く。
自分は間違っているのだろうか。遠野の問いかけに答えるものは、誰もいない。