あけぞらのつき

「え?」


俯き勝ちに言ったミサキに、アキが尋ね返した。



「だから。一度は遠野の先祖に封印されたこともあるんだろう?封印とは、自由に動けないように、印を付けることだ。違うか」


「いいえ。主様のおっしゃるとおりです」



「わたしは幼い頃から、まっくらを知っている。たぶん、生まれたときから。ということはつまり、わたしの生まれるよりも前に、まっくらの封印が破られたんだ」


「主様。それ以上は、おやめください。主様のお心が堅いことは、よくわかりましたから」


アキは幼い主人にひざまづいて懇願した。



急いで恐怖を克服することが、ミサキの心にどれほどの負担になるのか、それがいい方法とは、とても思えなかった。



ミサキは遠い目をして、スクリーンの向こう側を見つめていた。


「主様……」



「いくらわたしでも。生まれる前のことはわからない」


そう言ってミサキは、花のようにふんわり笑った。


***

いつもは不機嫌な仏頂面も、やればできるじゃないか。

思いがけないミサキの笑顔に、遠野は思わず目を奪われた。


似ている。


一瞬、誰かの面影と重なった。
でも、誰に?



「御曹司」


答えの出ないまま、遠野はアキに呼ばれて、振り返った。



「その子供のいた場所とは、一体……」


「あ…。ああ。縁切り榎木という、神木を奉る神社だ。その神木に憎い相手のヒトガタを打ち付けると、縁が切れるとも呪い殺せるとも言われている。もっとも、ミサキが言うには、偶然、らしいが」


「それだけ、ですか?もっと、夢を渡る……ような、謂われは?」

アキは、夢を渡る、と小声で尋ねた。



「ないな。この辺で夢を渡るのは、遠野の女くらいだ」


「そう、ですか……」

アキはほっと安堵の息をついた。余程、ミサキのことが心配らしい。



「縁切り榎木に刺さっていたカンザシから、ミサキは、例の気配がすると」

古い映写機が、カタカタと音を立てて回り始めた。


スクリーンには、鬱蒼とした森の中にぽつんと置かれた神社が映った。

長く伸びた石段を、弾むように駆け上がるミサキの後ろ姿が、揺れる。



「主様。注連縄に触れたらならないと、何度も申し上げたはず」

アキは、スクリーンのミサキを見咎めて言った。

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