あけぞらのつき
「あれは、不浄なものを封じている場合もあると、お教えしたでしょう」
「でも、アイツはただの木だった。あんなものは、飾りだ」
「主様」
「それよりも、アキ」
スクリーンの映像が切り替わった。
視点が低くなる。ミサキの見た記憶のようだ。
「まっくらと同じ気配がしていたのは、コイツの方だ」
ミサキは、スクリーンの一点を指した。
注連縄の神木よりも小さな木だったが、薄汚れたモヤのようなものが、巻き付いている。
「恨みの残滓だ」
何でもないことのように、ミサキが言った。
「本体の残りカスみたいだろ。たぶんその木には、何かが居たんだ。それが、小野寺の体を持って行ったんだと思う」
「……僕の…」
座り込んで泣いていたタカユキが、顔を上げた。
「僕の体を持って行ったって、どういうことですか」
「何だお前。落ち込んでるのかと思ったら、元気そうじゃないか」
「僕の体……」
タカユキの目から、新たな涙がこぼれ、遠野はタカユキを励ますように、頭を撫でた。
「タカユキ、大丈夫だ。体の居場所なら、わかっている」
「本当にそうか?」
からかう口調で、ミサキが言った。
「何が言いたい?」
「その木は、人間の体が必要だったから、手に入れたんだ。手に入れれば、使うだろ」
「でも、まっくらが連れて行ったのなら、夢の中だと」
「そうだな。榎木はまっくらに連れて行かれたんだろう。そうだとしたら、夢の中しかあり得ない。だが、小野寺の体は現実にある。いくらまっくらでも、現実のヒトガタを連れて行くのは、不可能だ」
「榎木が、人間の体を欲しがった理由……。まさか」
その答えにたどり着いた遠野に、ミサキは口の端を歪めて笑った。
「どう考えたって、呪いの成就しかあり得ないだろ」
古い映写機が、カタカタと回り始める。
始まるのは、悪夢か淫夢か。
ミサキは当たり前のようにアキの膝に座り、スクリーンを見つめた。