あけぞらのつき
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映像より先に、耳をつんざく悲鳴が聞こえた。
小野寺は体を竦めて、目を閉じた。
響く足音は二つ。
一つはハイヒールだろう。走りづらそうな早足で、何かから逃げているようだ。
もう一つはスニーカーだろうか。微かに砂を踏む音が、ハイヒールの靴音を追いかける。
足音だけだったが、獲物を追い込む余裕すら感じられた。
「夢の主は、ハイヒールの方だろうな。追われるのは、悪夢の定番だ」
つまらなそうに、ミサキが言った。
「定番?」
「そうだよ。夢の主も、ハイヒールじゃなくて、運動靴だったら、もっと早く逃げられるはずなんだ。追われる方は、いつも足枷を付けている。だから、これも」
「追いつかれたら……」
小野寺が、尋ねた。初めて見る他人の夢に、多少の興味はあるようだ。
「もし、夢の中で怖い物に追われて、追いつかれたら、どうなるんですか?」
「別に、どうにもならないよ。たいていは追いつかれるより前に、目が覚める。追われる時間が長いか短いか、違いはそれだけだな」
スクリーンに映像が映る。
そこは、深夜の住宅街だった。電球の切れかけた街灯が、ちらちらと点滅を繰り返した。
「男だ」
「え?」
「ほら。ハイヒールをはいている、夢の主」
遠野がスクリーンを指した。
履き慣れない不安定な靴で、時折つまづきそうになりながら追われているのは、若い男性だった。
「ハイヒールが、足枷……」
「少なくともわたしは、ハイヒールをはく男なんて、見たことないな。あんな安定しない靴、糸を渡るようなものだろう」
逃げるのには不向きだ。とミサキが笑った。
夢の主が、物陰に身を潜めた。
「そんな小細工でやり過ごせるほど、甘くはない。追いかけるのも自分自身。たいていはここで、目が覚めるんだ。そして消えてしまう。残るのは、ワケもなく怖かったという感覚だけ」
「ミサキ、あれを!」
遠野が鋭い声でミサキの名を呼んだ。
切れかけた街灯が、一瞬強く輝いた。
その一瞬、スクリーンに映っていたのは、小野寺仰以の姿だった。