あけぞらのつき
ミサキは遠野を鼻で笑って、空の弁当箱に手を合わせた。
遠野から奪った握り飯は、大切そうにブレザーのポケットに仕舞い込んだ。
「とにかく夢の主を探す。榎木の獲物は、今のところあの男だろう。そいつが呪われた理由が知りたい」
遠野家の跡取り息子は、ミサキの広げた弁当箱を片付けながら、ため息をついた。
***
道の先に、白い鳥のシルエットが降りた。
ミサキは嬉しそうに白藍の名を呼び、駆けだした。
遠野屋敷の前で、白藍を肩に乗せた、白い眼帯の少年が、ミサキに向かって手を振った。
「ハスミ!!」
ミサキは軽やかに地面を蹴って、飛びつくようにハスミにハグをした。
見た目の年齢は、遠野とさほど変わらない。
「久しいな、お嬢。元気そうで何より」
「ハスミは、何でここに?眼帯、買いに来たのか?売場なら、わたしが教えてやる。しょうゆが山のように積んである店があるんだ」
「わかったわかった。そう急くな。まずは、お嬢の宿主に挨拶せんと」
ハスミは遠野に向かって、丁寧に頭を下げた。
その人物こそが、遠野を山の禁域へ導いた、眼帯の修験者であった。
ミサキは普通の人間だと言っていたが、200年以上、山で修行を積んでいるらしい。
山の怪異とも精通している人物だ。
「ミサキが厄介になっている。これは、わがままだろう。面倒事を押しつけて、すまないな」
「いえ。うちとしても、彼女の協力は、とても助かっています」
「お嬢が素直に協力と?これは珍しい。明日は雪でも降るかも知らん」
ハスミ!とミサキが甘えた口調で咎めた。ハスミは笑いながらミサキの黒髪を撫で、遠野を振り仰いだ。
「して。その後、神隠しはどうなった?」
「はい。……見つかりました」
「見つかった、にしては、歯切れが悪い。何があった?」
眼帯の修験者が、柳眉を寄せた。
「ハスミ。体は死体なんだ」
「ほう」
「タマシイは、シアターに置いてきた」
「お嬢のシアターに?」
「でも、遠野は生きていると言っている」
「そいつは、難しい謎かけだな」
「わたしは、呪いを退治に行くんだ」
ミサキは目を輝かせて、ハスミを見上げた。