あけぞらのつき
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クチナシの樹精の心配事はこれかと、ハスミは内心頷いた。
もともと好奇心の強い性格ではあったが、自ら危険に飛び込むような子供ではなかったはずだ。
呪いなどと言うケガレに、好んで近付くような性分でもない。
山に湧き出る清泉の、その源泉よりも清らかな禁域の中で、クチナシの樹精が手中の珠と育てた少女だ。
「呪い退治?お嬢にそんなことが、できるのか?」
ハスミはわざとトボケた口調で尋ねた。
これは、危険な兆候なのかも知れない。
樹精から話しを聞いた時には、何をバカなと思っていたが、それは懸念では済まなくなりそうだ。
「池の大ナマズを退治するのとは、ワケが違うぞ?」
「ハスミは、あんなものが怖いのか?」
「大ナマズを怖がっていたのは、お嬢だろう」
「あんなやつ、怖いわけあるか」
ミサキは双眸に好戦的な光を浮かべて、低く呟いた。その目の光りに、冷たい汗が背中を流れた。
いつものミサキではない。
「……いつから…」
ハスミは、呻くように呟いた。
「え?」
「いや。今日はな、ここの料理番に用があって来たんだ」
ハスミは背負っていた荷物の中から、小さな箱を取り出した。
「それは?」
「ああ、包丁だ。一本ダタラに特注した。切れ味は抜群だぞ。お嬢の宿代代わりにな」
ハスミはそう言って、桐の箱をミサキに手渡した。
「お嬢。料理番まで、届けてくれるか?」
「わかった。わたしもアイツに、弁当箱を返しに行かねばならないところだったんだ」
桐の箱を受け取って、裏口へと走っていったミサキの後ろ姿は、いつもと同じものだった。