あけぞらのつき
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「お嬢には聞かせたくない話だ」
ハスミは、ミサキの後ろ姿を見送りながら告げた。
「アイツの育て親が心配している。俺が御曹司に会いに来たのは、禁域から出られない、樹精の名代だ」
「心配?」
「ああ。お嬢を産んだ、女のことをな」
「以前、ミサキは、死体から生まれたと」
「見つけたのは、俺だった。禁域の古木で、首を括っていたんだ。男女のツガイでな。心中だったのだろう」
ハスミは記憶を辿るように、目を細めた。
「何が二人を追いつめたのか、俺にはわからない。ただ、入らずの禁域を汚した人間は、葬られることもなく、獣に食い荒らされた。その女の腹に入っていたのが、ミサキだ」
「……」
「獣に食われる寸前を救ったのは、クチナシの樹精だったそうだ。禁域の水鏡に呼ばれたと言っていた。呼んだのはたぶん、ミサキだったのだろう」
「そんなことが、生まれてもいない子供にできるなんて……」
「そうだな。お嬢がただの子供なら、或いはそこで死んでいたかも知れない」
「ハスミ殿は、ミサキの両親に心当たりが?」
「ない。と断言するのは、難しい。その頃、風の噂で、遠野の嫡子が行方不明になっていると聞いた。……時期は合う」
「ミサキは、遠野の子だと?」
「確証はないが、俺はそう考えている」
嫡子。すなわち、家の跡を継ぐ男子。
遠野臨よりも前に生まれた兄。会ったことはない。
兄は弟の誕生を待たず、姿をくらませた。
「ミサキのシアターを知っているだろう?あの子も無意識のうちに、夢を操る。それが何よりも、遠野の血縁である証明ではないか?」
ハスミは、燻し銀のキセルを取り出し、煙草の葉を詰めた。
「ミサキが……兄の子…?」
「白梔は」
呆然と空を見つめる遠野に、ハスミは慎重に言葉を選んだ。
「白梔は、母親も遠野の血縁じゃないかと言っていた。その……。似ているそうだ。ミサキが、かつての友人に」
「似ているからと、決めつけるのは早計すぎる」
「ああ。俺もそう言ったよ。だが、ミサキのあの目。生まれ変わりではないかと、疑っているようだ」
「何をバカな!」
「そうだな。御曹司がそう思うのも無理はない。……今日、御曹司に会いに来たのは、そのためだ。家系図を見せて欲しい。ミサキの母親が遠野の血縁であるならば、名前くらいはあるはずだ」
「それを確かめて……どうする、つもりですか」
遠野は絞り出すように、低く尋ねた。
「樹精の贖罪と、神隠しの完全決着よ」
ハスミは、キセルの煙を目で追って、ため息混じりにそう言った。