あけぞらのつき


***

「お嬢には聞かせたくない話だ」

ハスミは、ミサキの後ろ姿を見送りながら告げた。


「アイツの育て親が心配している。俺が御曹司に会いに来たのは、禁域から出られない、樹精の名代だ」



「心配?」


「ああ。お嬢を産んだ、女のことをな」



「以前、ミサキは、死体から生まれたと」


「見つけたのは、俺だった。禁域の古木で、首を括っていたんだ。男女のツガイでな。心中だったのだろう」


ハスミは記憶を辿るように、目を細めた。



「何が二人を追いつめたのか、俺にはわからない。ただ、入らずの禁域を汚した人間は、葬られることもなく、獣に食い荒らされた。その女の腹に入っていたのが、ミサキだ」


「……」


「獣に食われる寸前を救ったのは、クチナシの樹精だったそうだ。禁域の水鏡に呼ばれたと言っていた。呼んだのはたぶん、ミサキだったのだろう」


「そんなことが、生まれてもいない子供にできるなんて……」



「そうだな。お嬢がただの子供なら、或いはそこで死んでいたかも知れない」



「ハスミ殿は、ミサキの両親に心当たりが?」


「ない。と断言するのは、難しい。その頃、風の噂で、遠野の嫡子が行方不明になっていると聞いた。……時期は合う」



「ミサキは、遠野の子だと?」


「確証はないが、俺はそう考えている」



嫡子。すなわち、家の跡を継ぐ男子。

遠野臨よりも前に生まれた兄。会ったことはない。


兄は弟の誕生を待たず、姿をくらませた。



「ミサキのシアターを知っているだろう?あの子も無意識のうちに、夢を操る。それが何よりも、遠野の血縁である証明ではないか?」


ハスミは、燻し銀のキセルを取り出し、煙草の葉を詰めた。



「ミサキが……兄の子…?」



「白梔は」


呆然と空を見つめる遠野に、ハスミは慎重に言葉を選んだ。



「白梔は、母親も遠野の血縁じゃないかと言っていた。その……。似ているそうだ。ミサキが、かつての友人に」



「似ているからと、決めつけるのは早計すぎる」


「ああ。俺もそう言ったよ。だが、ミサキのあの目。生まれ変わりではないかと、疑っているようだ」


「何をバカな!」


「そうだな。御曹司がそう思うのも無理はない。……今日、御曹司に会いに来たのは、そのためだ。家系図を見せて欲しい。ミサキの母親が遠野の血縁であるならば、名前くらいはあるはずだ」



「それを確かめて……どうする、つもりですか」


遠野は絞り出すように、低く尋ねた。



「樹精の贖罪と、神隠しの完全決着よ」


ハスミは、キセルの煙を目で追って、ため息混じりにそう言った。


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