あけぞらのつき
***

洗い髪のままハスミは、タオルを肩に掛けて、ミサキをドレッサーの前に座らせた。


いつもとは違い、ハスミにドライヤーをかけられているミサキは、どことなく嬉しそうだ。


少し離れたところから二人を観察して、ミサキはやはり子供みたいだと、遠野は思う。


全幅の信頼を寄せている姿は、一度として裏切られたことのない、子供のようだ。



「すまんな、御曹司。食事どころか風呂まで、馳走になってしまった」

鏡越しに、ハスミが遠野を見やった。



「ハスミ、ハスミ。ムツコの料理は美味かっただろ?包丁がよく切れるって、とても喜んでいた」


ハスミがいる安心感からか、今日のミサキは、やけに饒舌だ。


俺が乾かしてやるときは、あんなに不機嫌だというのに。

自分に向けられることのない笑顔に、遠野は嫉妬を覚えた。

俺の何が不満かと、胸の中で問いかける。


遠野の胸中など知らない素振りで、ミサキは笑う。



「なあ、ハスミ」


「ん?」


「今日な、ムツコが、味噌を嘗めさせてくれたんだ。あ、アキには内緒だぞ。味噌って、しょうゆと同じ豆からできてるって、知ってたか?」


ミサキは新しく得た知識を自慢するように尋ねた。



「まさか」

ハスミは大げさに、驚いたような表情をした。そんなこと、知らないはずがなかろうに。



「ここんちの味噌は、ムツコが作ったものなんだ。今度、わたしにも作り方を教えてくれるって、約束した」



「ほう。お嬢が、料理を習うのか?」


「アキにも、食べさせてやりたいんだ。でも味噌は、食べられるまでに一年以上もかかるらしい。わたしは、そんなに待てるだろうか」



「なんだ。アキが恋しいのか?お嬢の甘えたは、まだ治らないらしい」

ハスミは、からかう口調で言った。


「アキはわたしのものだ。甘えたって構わないだろ」



「お嬢は、アキがいなくなったら、どうする?」


「どうって……」



ミサキの目が、不安で揺れた。


「どうって、わたしより先に、アキが死ぬなんて、ありえない。アキは樹精なんだ」


「いなくなるのは、何も死ぬとは限らない。例えば、禁域のように結界を張って、中に閉じこもることも可能だ」


「ハスミ!!」



ミサキは目に大粒の涙を浮かべて、振り返った。

< 49 / 93 >

この作品をシェア

pagetop