あけぞらのつき
***
洗い髪のままハスミは、タオルを肩に掛けて、ミサキをドレッサーの前に座らせた。
いつもとは違い、ハスミにドライヤーをかけられているミサキは、どことなく嬉しそうだ。
少し離れたところから二人を観察して、ミサキはやはり子供みたいだと、遠野は思う。
全幅の信頼を寄せている姿は、一度として裏切られたことのない、子供のようだ。
「すまんな、御曹司。食事どころか風呂まで、馳走になってしまった」
鏡越しに、ハスミが遠野を見やった。
「ハスミ、ハスミ。ムツコの料理は美味かっただろ?包丁がよく切れるって、とても喜んでいた」
ハスミがいる安心感からか、今日のミサキは、やけに饒舌だ。
俺が乾かしてやるときは、あんなに不機嫌だというのに。
自分に向けられることのない笑顔に、遠野は嫉妬を覚えた。
俺の何が不満かと、胸の中で問いかける。
遠野の胸中など知らない素振りで、ミサキは笑う。
「なあ、ハスミ」
「ん?」
「今日な、ムツコが、味噌を嘗めさせてくれたんだ。あ、アキには内緒だぞ。味噌って、しょうゆと同じ豆からできてるって、知ってたか?」
ミサキは新しく得た知識を自慢するように尋ねた。
「まさか」
ハスミは大げさに、驚いたような表情をした。そんなこと、知らないはずがなかろうに。
「ここんちの味噌は、ムツコが作ったものなんだ。今度、わたしにも作り方を教えてくれるって、約束した」
「ほう。お嬢が、料理を習うのか?」
「アキにも、食べさせてやりたいんだ。でも味噌は、食べられるまでに一年以上もかかるらしい。わたしは、そんなに待てるだろうか」
「なんだ。アキが恋しいのか?お嬢の甘えたは、まだ治らないらしい」
ハスミは、からかう口調で言った。
「アキはわたしのものだ。甘えたって構わないだろ」
「お嬢は、アキがいなくなったら、どうする?」
「どうって……」
ミサキの目が、不安で揺れた。
「どうって、わたしより先に、アキが死ぬなんて、ありえない。アキは樹精なんだ」
「いなくなるのは、何も死ぬとは限らない。例えば、禁域のように結界を張って、中に閉じこもることも可能だ」
「ハスミ!!」
ミサキは目に大粒の涙を浮かべて、振り返った。
洗い髪のままハスミは、タオルを肩に掛けて、ミサキをドレッサーの前に座らせた。
いつもとは違い、ハスミにドライヤーをかけられているミサキは、どことなく嬉しそうだ。
少し離れたところから二人を観察して、ミサキはやはり子供みたいだと、遠野は思う。
全幅の信頼を寄せている姿は、一度として裏切られたことのない、子供のようだ。
「すまんな、御曹司。食事どころか風呂まで、馳走になってしまった」
鏡越しに、ハスミが遠野を見やった。
「ハスミ、ハスミ。ムツコの料理は美味かっただろ?包丁がよく切れるって、とても喜んでいた」
ハスミがいる安心感からか、今日のミサキは、やけに饒舌だ。
俺が乾かしてやるときは、あんなに不機嫌だというのに。
自分に向けられることのない笑顔に、遠野は嫉妬を覚えた。
俺の何が不満かと、胸の中で問いかける。
遠野の胸中など知らない素振りで、ミサキは笑う。
「なあ、ハスミ」
「ん?」
「今日な、ムツコが、味噌を嘗めさせてくれたんだ。あ、アキには内緒だぞ。味噌って、しょうゆと同じ豆からできてるって、知ってたか?」
ミサキは新しく得た知識を自慢するように尋ねた。
「まさか」
ハスミは大げさに、驚いたような表情をした。そんなこと、知らないはずがなかろうに。
「ここんちの味噌は、ムツコが作ったものなんだ。今度、わたしにも作り方を教えてくれるって、約束した」
「ほう。お嬢が、料理を習うのか?」
「アキにも、食べさせてやりたいんだ。でも味噌は、食べられるまでに一年以上もかかるらしい。わたしは、そんなに待てるだろうか」
「なんだ。アキが恋しいのか?お嬢の甘えたは、まだ治らないらしい」
ハスミは、からかう口調で言った。
「アキはわたしのものだ。甘えたって構わないだろ」
「お嬢は、アキがいなくなったら、どうする?」
「どうって……」
ミサキの目が、不安で揺れた。
「どうって、わたしより先に、アキが死ぬなんて、ありえない。アキは樹精なんだ」
「いなくなるのは、何も死ぬとは限らない。例えば、禁域のように結界を張って、中に閉じこもることも可能だ」
「ハスミ!!」
ミサキは目に大粒の涙を浮かべて、振り返った。