あけぞらのつき
「アキは、わたしを追い出したりなんかしない」
「泣かなくても良かろう?」
「わたしは、我慢してる。アキがいないここでも、頑張ってるじゃないか。どうしてハスミは、そんな意地悪を言うんだ」
「お嬢は、アキが好きか?」
「そんなもの。決まってる。空気がなければ、死ぬだろう。わたしにはアキがいないと、ダメなんだ」
「そうか」
「ハスミ……。今日は、ここに泊まるんだろう?」
「御曹司には、何から何まで、世話になりっぱなしだな」
「わたしの布団で、一緒に寝て欲しい。昔みたいに」
ミサキは泣きべそを浮かべて、ハスミを見上げた。
「お嬢の甘えたは、いつになったら治るものか」
そう言いつつも、ハスミは優しげな手付きで、ミサキの髪を整えた。
***
時折しゃくりあげながらハスミの膝で泣いていたミサキは、涙の跡を残して眠りに落ちた。
今頃は夢の中で、クチナシの樹精に甘えているのだろう。
規則正しい寝息を確認して、ハスミはそっと布団を抜け出した。
「御曹司。待たせて悪かったな」
「ミサキは、ようやく眠りましたか?」
「ああ。今日は白藍と一緒に眠っているし、しばらくは目覚めないだろう」
「では……」
遠野は音もなく立ち上がり、外へ出た。
蔵の中に保管されている、古い書き付けを調べるためだ。あのシアターを見る限り、ミサキが遠野の血縁であるのは、間違いないだろう。
だが、本当に、兄の子なのか。
「ハスミ殿は、守護殿の友人をご存知か?その……ミサキに似ているという」
「ああ。直接お会いしたのは一度きりだったが。俺が修行に入ったばかりの頃だ。凄腕の術師だった。それこそ、禁域の樹精が惚れ込むほどに」
「でも、生まれ変わりなんて……」
「ないと思うか?」
「……はい」
遠野は蔵の錠前を開けた。
「御曹司は、兄のことを知っていたのか?」
「はい。母が俺を生む直前にいなくなったと。ちょうど姉が10歳の頃でした。姉から話を聞くことができれば、詳しい事情もわかるかも知れませんが」