あけぞらのつき
「うるさいな。ここまで来ちゃったんだから、諦めろよ。イヤならついて来なければよかったんだ」
「ミサキ!」
「今度は何?」
「誰か、いる」
廊下の先に小さく揺れる灯りを見つけて、白藍が言った。
ミサキは壁にへばりついて、息を殺した。明かりはミサキに気付くことなく、一つ手前で曲がっていった。
「見たか?」
肩に乗せた白藍が、耳元で囁いた。
一瞬見えた人影は二人。一人は……。
「ムツコだった」
昼間、ミサキに味噌を嘗めさせてくれた料理番が、こんな時間にどうして。
「メイドが箱を持っていたな。あれは何だったんだ?」
「やめとけ。明日聞いてみたらいいだろう。俺たちはすでに迷子なんだ。これ以上、迷うつもりか?」
「もう迷ってるんだ。これ以上もクソもない。うるさいことを言うなら、白藍はここで待て。明日になれば、誰かが迎えに来るだろう」
「ミサキ!!」
ミサキは足先で床板を摺るように歩き、料理番の後を追った。
いつもなら笑顔でミサキを迎えてくれる料理番が、別人のように冷たい表情をしていた。
暗やみに紛れるほどに小さな明かりは、誰からも身を隠すためのように見えた。
「ハスミを探すんじゃなかったのか?」
「あるいは」
「え?」
「ムツコがハスミの居場所まで案内してくれるかも知れない」
「どういうこと?」
「メイドの持ってた箱。あれはきっと箱膳だ。一瞬だったが、箱の上に何かが乗っていたように見えた。ムツコは料理番だよ、白藍。あれは、夜食に決まっている」
「夜食って、まさかハスミの?俺たちに内緒で、夜食なんか食ってるっていうのか?」
「わたしだって、しょうゆが食べたいんだ」
ミサキの腹の虫が鳴いた。
「ムツコのあとをこっそりつけて行って、現行犯で捕まえる。そしたら、わたしたちにも食べさせてくれるかも知れないし」
「よし、行こう!」
即決。
ミサキの肩で、白藍がぱさぱさと羽根を振るわせた。