あけぞらのつき

幼い頃から、あれは姉だと聞いて育てば、そうであろうと思っていただけだ。

鈴を転がすような涼やかな声で、「りん」と弟を呼ぶ声が、鮮明に思い出された。


奥座敷で眠ったまま目を覚まさない姉が、姉ではないと疑ったことは、一度も有りはしなかった。

答える言葉も見つからない遠野に、ハスミは、まあいいと呟いた。



「御曹司の兄君以外に、行方がわからない者は?」



「……」


「御曹司」



「……ああ。その……。すみません」



大人びた雰囲気をしているが、彼もまだミサキと同じ16歳。酷なことを聞いてしまった。

ハスミは家系図の中から、一つの名前を指した。


「御曹司は、この方の話を聞いたことがあるか?」


遠野は、ハスミの指す名前に目を向けた。



「六徳?」


「遠野六徳(りくと)。幼名を、長夜叉といった」



「長夜叉……?どこかで…」


その名前に聞き覚えがあった。



「俺の知る限り、遠野家随一の術師だった方だ。当時、都を騒がせていた鬼を封印した。遠野本家の祖、刹那(せつな)様の弟君だ」



「鬼を……封印?……自由に動けないように、印をつけること……」


ミサキがシアターで言った言葉だ。


「ハスミ殿。まっくらを封じた術師とは、長夜叉のことですか?」



「御曹司も知っていたか。あれをまっくらと呼ぶのは、ミサキだけだ。ミサキから話しを?」



「守護殿です。詳しくは教えてくれませんでしたが」


「アキから聞いたのか。あの樹精がそんな話しをしたとは。意外だな」


「意外?」



「ああ。長夜叉様はアキの、かつての友人であり、主人でもあった人物だ」


ハスミは懐かしそうにそう言った。



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